第451話 挿話 夜の遁走曲(上)④
憲兵達が仕入れた情報、歓楽街での奇妙な噂話が発端だ。
それは馴染みの常連客の話なのだが、何処の店という訳でもない。
煮売りの屋台から女を宛がう店までの、略略共通の噂話だ。
ちらりほらりと耳に入るので、少し深く話を調べようかとなった。
そしてやはり直に会う女達からの話が一番であろうと、一等金のかかりそうな店に人を送り込んだ。
客となれば、相手が誰であろうと金で口の滑りもよくなる。
そこで聴き込んだのは、噂話ではなく実際の相手をした客の異変だった。
ある日、いつもの客が、まるで別人のようになる。
会話も今まで通りだし、記憶も姿も同じなのに、いつもの客とは何となく違う。
言動は同じで、性格が少し違うような、何とも小さな違いらしい。
普通なら気が付かないかもしれない。
だが、長年の馴染客の小さな違和感を女達は感じ取っていた。
そしてその違和感以外にも、おかしな事があった。
病気や何か悩みがあるのか、そんな変化した客は皆、粗暴で怒りやすく、愚鈍になり女に執着した。
まぁもちろん、何か問題行動をおこす客は、粗暴で女に執着し金に汚いものだ。
隠れた性質が表に出ただけかもしれない。
要注意の客なぞ、酒と女が絡めばよくある話だ。
だが、それでも噂になるのは、店にも不利益が出始めているからだ。
店先での暴力沙汰が増えるのは、もちろんの話だ。
それにも増して問題なのは、そんな変化した客筋をもっている女が病気になるのだ。
病気といっても花街特有のものではない。
原因不明の体調不良だ。
これにより、モルダレオ達は調べるべき事柄に、この噂話を加える事にした。
原因不明の病。
アッシュガルト全体の、住民の健康状態の悪化は単なる住民管理の問題ではない。
原因不明の病がある。
それに対しての行動が何処からもでていない事が問題だった。
唯一動いたのは、花街の店主達だ。
無知蒙昧とされる東の人間だとて、金銭の絡む問題となれば耳目も開く。
女は商品で、店の財産だ。
そこで件の異変ありの客には、専用の女を宛がう事にした。
断るにも、具体的な問題行動や金銭での損害は目に見えて無いのもある。
そして花街の病ではないと医者に断言されてしまっては、病を理由に客を遠ざける事もできない。
ただ、それでも専用の女は数年と保たずに死ぬ。
衰弱死だ。
近頃では、余程の借金持ちでもなければ、女達も嫌がって逃げる始末だ。
そこで店主は、医者も見放したような業病持ちか、店の商品とならぬような女を充てがった。
だが、そのように言外に帰れと言わんばかりの対応でも、そうした客たちは文句を言わなかった。
馴染みの女を出せとも言わず、結局それで店主も、他の女達も一応の安堵を得られた。
では、その噂話の何が問題であるのか?
問題だらけであるし、問題なぞ無いのだ!と、ほざくようなら、そんな奴こそが
マレイラの治安活動を担っている輩が、そんな
目の前に死体が吊り下がっていても問題無しと笑っているようなものである。
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