第450話 挿話 夜の遁走曲(上)③

 夜目の利く獣人には、薄明かりでも昼間のごとく見える。

 歓楽街からやって来たのは、六名の人族。

 なりからすれば、東三公爵領マレイラの領土兵だ。

 彼らは、どんな時でも青い帯をしている。

 なので青帯隊と呼ばれていた。

 今宵も歓楽街の帰りというのに、彼らはいつも通り青い帯だ。

 垢抜けない帯を認めて、モルダレオはエンリケを促すと気配を消した。

 虹彩の形も変えて闇に溶け込む。

 彼らにとっては、人族、それもこの辺りの領兵程度では、夜襲も誘拐も遊びだ。

 今日は目星をつけている男を拉致する予定だ。

 酒気を帯び、楽しげに行き過ぎる男達。

 目的の男も混じっている。

 彼らはそっと後を追った。

 憲兵というくくりだが、殺戮戦闘や遊撃の任務につけない訳では無い。

 追跡や索敵の能力も高く、夜陰に混じっての拉致誘拐も、むしろ得意だ。

 足場の良い平地で、夜なのだ。

 酔っ払いの人族を尾行するなど、欠伸が出るほど退屈な作業だ。

 彼らが街から少し離れ、人家が途切れた辺りで終わらせるつもりであった。

 なので不意打ちの前に起きた出来事は、彼らにとって予想外であった。


 ***


 アッシュガルト港から北よりに曲がる道は、街道に続く。

 街道というが、雑木林を突っ切る踏み分けられた赤土だ。

 小砂利と轍に草がぼうぼうと生え伸び、単なる荒れ果てた木立の中とも見える。

 そこを抜けて暫く登路を進めば内地関所となる町がある。

 そこまでは真っ暗闇の獣道だ。

 それでも彼ら土地の者には慣れた道なのだろう、酔いどれながらも普通に歩いていた。

 雲間に月も隠れ、木立の中は真っ暗だ。

 けれどモルダレオやエンリケ、連れ立つ憲兵達にも、そんな彼らの姿は十分に見えていた。

 件の男、モルダレオ達が注目していた男が、ふと、足を止めた。


 ふっと彼が足を止める。

 すると他の五人は、片足を踏み出したところで崩折れた。


 地面に、どさっと倒れ伏す。


 追跡していた男達には、五人が倒れる理由が見えなかった。

 突然、一人を残して倒れたのだ。

 そのまま追跡者たちは息を殺し見守る。


 一人立つ男。


 少し頭を前に倒す姿、顔は見えない。

 体は小刻みに痙攣している。

 時がゆっくりと過ぎていく。

 見守るモルダレオ達は動かない。

 何が起きるか見届けるのだ。


 時が、元に戻り雲間から月が顔を出した。


 足元の男達、倒れ伏していた男達が再びぎくしゃくと動き始めた。

 モゾモゾと妙な動きで起き上がる。


 起き上がり、彼らは無言で歩き出す。


 奇妙な歩き方だが、何事も無かったかのように彼らは歩き出した。

 その様を確認した追跡者達、モルダレオ達に緊張が奔った。


 ただ、足元を掬われた訳では無いからだ。


 倒れた男達は、一度、息を止めていた。


 動き出す間、見て取る限り一度、絶命したと思われる。

 気絶や昏倒ではない。

 呼吸も止まり、緩んだ膀胱と腸から排泄物を垂れ流している。

 追跡者達の鋭い感覚器は、屠殺された動物と同じ死を見て取ったのだ。

 酔って昏倒し、粗相をしたのではない。


 今目の前で、五人は死んだのだ。


 そして今一度、呼吸を命を取り戻している。

 死を与えたのは何だ?

 再び息を吹き替えしたのはどうしてだ?


 不自然な死と復活。


 それは今現在のオルタスにおいて、一番の禁忌であった。

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