第449話 挿話 夜の遁走曲(上)②

 港街は思うより夜が明るい。

 街灯が道々に、首都のように置かれているのだ。

 夏場は観光地となるからだろう。

 そんな明るい場所を眺める背の高い男。

 黒髪を一つに編んで肩から垂らすエンリケだ。

 頬から首筋にかけて黒い入れ墨をいれているが、南部人らしからぬ冴え渡るような美貌である。

 ぞっと背筋が凍るような顔貌と雰囲気だが、人種を問わず女が集まる男だ。

 そしてそのエンリケよりも少し背の低いモルダレオは、背後の暗闇にいた。

 彼もまた、髪を一つにまとめ頭頂で結んでいる。

 彼らは南部領地の同じ部族出身だ。

 こちらはエンリケよりも年嵩で、口ひげを蓄えた如何にもな武人の面持ちだ。

 外見はただの荒くれ者だが、カーンが軍団長の時からの参謀将校である。

 それぞれ部族内でも荒くれ者として生きてきたが、頭が無い訳では無い。

 今回の行動が単純な視察でもなければ、治安回復でもない事は重々理解していた。

 名目はいくつもあるが、アッシュガルトだけでなく東マレイラ全体の情報収集が目的と考えている。

 所々の問題に対処するのではない。

 問題は当事者が手をつけるのであって、部外者が肩代わりする事ではない。

 なので、彼らは昼夜街に小隊を留めた。

 異変があるなら、アッシュガルトからだろうと。

 そして城の兵隊達も、街に向かわせるようにしむけた。

 憲兵が混じっても違和感がないようにだ。

 そして監視名目で歩き回る。

 さぞかし馬鹿どもは勘違いしただろう。

 自分たちの尻に火がついているのは元々なのに、彼らが罰を与えに来たと大慌てだ。

 まったくもって見当違いである。

 さて、そうした勘違いの中、街に人を放てば徐々に奇妙な事が聞こえてきた。


 街の住民が、皆、健康を損ねているのだ。

 体力の低下がマレイラの現地民の間に見られる。

 だが、住人にその自覚が薄い。

 貧血気味の肌、目の充血、覇気の無い様子。

 ただし、漁師達などの漁業民には、その影響が見られないとある。

 裏町、客商売を営む者に、その症状が顕著だ。

 そこで更に、幾人かを歓楽街に向かわせた。

 すると更に奇妙な出来事に遭遇した。


「エンリケよ、俺の予想は外れたな」


 闇に潜んだまま、モルダレオが呟いた。


「それは皆も同じだ。」


 二人は裏町、歓楽街から、東公領の内地に向かう街道沿いに潜んでいた。

 少数の手勢で潜み、残りは街だ。


「俺は密輸やら横領の隠蔽を疑っていたのだ。収穫物を楽しみしていたのに残念だ。」

「俺もだ。

 押収品の酒もな。

 東の地酒は旨いそうだ。香りも違うらしい」

「うむ、得物も新しくしたのだ。これで酒樽の蓋を開けるつもりだったのになぁ」

「精霊の守護はいただいたのか?」

「お前の斧より小さいからな、小さなお姿を彫った」


 闇の中で、モルダレオが手斧を腰から抜いた。

 握りの彫刻を見せ合う。


「良い図柄だ。光りと風が吹くだろう」


 そんな二人の会話の後、程無く歓楽街から人影が歩いてくるのが見えた。

 客の到来だ。


「酒樽のかわりに汚い頭を先にかち割るとはな、ついていない」


 冗談にもならないモルダレオの呟きに、男達は暗闇にて配置についた。

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