第615話 花が咲く ⑩

 殺した者からの怨嗟を誤魔化す為にバラバラにした、か。


『腑分けをして土に混ぜ合わせるとね、混乱するんだ。

 供養をしたり、狩人のように動物を糧とするならいいんだけどねぇ。

 殺された者達の意識がね、塊になるんだ。

 あのトゥーラアモンで見た、悪霊の巣のようになるんだよ。

 嫡子の体に宿った肉の塊のようにね。

 苦しみや悲しみ、多くの魂の欠片が寄り集まって、混乱をし混沌となる。

 そして子供を柱として鎮護の道行きの道筋を曲げるんだ。

 子供の悲鳴を聞いて、何事かと慈悲の心が向けられるんだよ。』


 愚かだ。


『そうだね。では、もう少し話をすすめよう。

 そろそろ、君の体力が尽きそうだ。

 さて、こうしている間にも、君に一生懸命彼女たちは語りかけている。

 でも、愚かな輩に阻まれて、なかなか意識が形にならない。

 困ったね。何故かな?』


 今の説明道理、バラバラにされて意識が混濁しているから?


『バラバラ?』


 内臓を..残りは、どこだ?


『卑怯者だが、無駄な事はしていない。

 まぁ無駄に殺しているけどね』


 不快だ。

 想像がついてしまう自分も含めて。

 怒りが、だんだんと抑えられなくなっていた。

 冷静になろうと、改めて赤黒い呪術方陣を見る。

 言葉だけを見れば呪術としての齟齬はない。

 だが、グリモアとして至高の言葉を操る存在からすれば児戯以下の落書きである。

 そこには精霊語も古代語も含まれていない。

 乱雑な共通古語だけだ。

 一昔前の共通語である。

 輪の紋様、言葉のひとつひとつに触れる。

 当然のように術を分解しながら、私は実感していた。

 私ができることは、これだ。

 理の秤を戻す事だ。

 天秤を戻し、神に人への慈悲を願う事だ。

 理の輪に命を正しく還る道を示す為に、私は。

 違う。

 私は罪人を許したくないと思う。

 言葉遊びの慈悲ではない。

 許したくない。


 呪えば呪われる。

 

 上等だ。

 呪われようとも、この行いをした相手に報いを与えねばならない。


『呪詛は僕達も返しているよぅ』


 それでは足りぬ。

 グリモアの制裁ではない。

 殺人者への罰だ。

 私は逃げ隠れなぞしない。

 私が願うのだ。


『当然の報いなら、君が何をしても呪われはしないよ。

 だって、これは彼らの罪だもの。

 それにグリモアの主が使命、世の調律も同じだよ。

 だって、これは術への冒涜だしねぇ』


 分解した言葉を置き換えていく。

 ひとつひとつ言葉を書き換え、さらなる強い言葉にする。

 簡素簡潔な古代語と精霊語に置き換え、配列を正す。

 神への許しも混ぜ、理の秤のひとつに女達を置く。

 対となるは、罪深き者ども、理を乱した者どもを置く。

 いずれも個として判別ができない。

 故に、裁定は因果をもって大きく指定する。

 関わりし者どもをすべてとする。


 簡素な元の術式から、三重の呪術方陣へと書き換えた。

 そして最後に、裁定者への拝謁を望むと願いを、私の願いを置く。

 と、術式が丸ごと闇に一瞬包まれた。


『君の嘆願だ。宮の主も、すぐさま手に取ってくれるのさぁ』


 術は噛み砕かれた後、もう一度姿を表した。

 見れば、


『うわぁやっぱりぃ〜神言がんごとになってるよぅ』


 キンっと世界が凍るのを一瞬感じる。

 澄み渡るような感覚と、世界の変化がわかる。

 呪詛を返したと表現する次元の感触ではなかった。

 この世の何かが、大きくズレ書き換えが起こった。

 と、わかる。

 それには後悔もある。

 けれど満足のほうが大きかった。

 神の力を感じる恐れよりも、彼らの気持ちが伝わったことが嬉しかった。

 自分の罪深さで呪われるなら、それでいいとも思った。


『彼女たちは生贄ではなく、供物として神が受けいれたのさ。

 後悔も恐れも必要ないさ、ほら、僕達の笑い声が聞こえるかい?

 それにほら、きこえるでしょう?

 魔神も裁定者も、皆、皆、笑っているよ。

 斎いが来たと笑っているよ。

 だから、泣かないでよ、オリヴィア。

 ほら、君の守護者がそろそろ痺れを切らしそうだ。

 泣かないで、笑ってよ。』

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