第616話 花が咲く 終

 少年のなだめる声を、胴間声が覆う。

 野太く男とも女ともとれる不思議な声が、調子外れにがなり立てた。


『愉快愉快!冥府の裁可よりも先んじて、神が罰をお与えになった!』


 以前なら、恐れただろう。

 でも今は、違う。

 同調する力が、大声で笑いながら言う。


『慈悲を与える事さえ許さぬと神が言葉となされたぞ!

 おうおう、理を乱した愚か者に、神は慈悲をも与えぬと申されたぞ!

 相応の報いよ!

 如何に罪咎を逃れようとしたところで、因果は、その身を逃すものか。

 それほど生きたいと望むなら、腐れ苦しみ抜いて生きるがいい。

 永遠に腐れて生きて苦しむがいい!

 我らが代わりに、お主等の代わりに手をあげよう。

 呪い、未来永劫、神の慈悲を与えぬとしよう。

 特別な宮の客としてな!

 さぁお前達も、笑うのだ!

 愚か者を笑い、神が示した道へと還るがよい!

 神が道を示されたのだ!

 これぞ斎いにほかならぬ。

 さぁ、笑い楽しむがよいぞ!

 この世の苦を忘れ、神が許した来世へと、笑い進むがよいのである!』


 それに答えたか、傍らの子供が笑った。

 取り縋る朧な姿、白い手も、愉しげに笑うのを感じた。

 悲しく無惨な事ながら、私も笑顔を作った。

 復讐なぞよりも還れるのなら、それが良い。

 彼らの分まで、私が呪い。

 神に願おう。

 と、子供が私に囁く。

 女達の白い手が一生懸命、何かを伝えようと泳ぐ。


 何を伝えたいんだ?


『ふふっ、君は答えを得ているよ』


 ゾッとする考え、グリモアより得られる知識に思い至る。

 死体の残りは何処だ?


『よく聞いてごらん、ふふっ』


 子供の口が、何事かを紡ぐ。

 わからない、何か、睡蓮?


『ふふっ、まぁいいかなぁ。

 大物も釣れそうだし、オジサン達も君を心配しているしねぇ。

 おまけに馬鹿にも見えるようになったしね。

 心配し過ぎて、君の見えている世界が朧でも感じ取れるようになってる。

 今に僕達も見えるかもね。

 体力もだいぶ減っちゃったね。

 熱もでそうだ。

 ふふっ。

 はいはい、頑張ったご褒美だ。

 本館を焼くといい。

 それで解決さ。』


 本当か?


『その子に確かめてごらん。

 本館の木造部分を焼くのが、いちばん早い、だろ?』


 笑顔。

 そして彼女たちは、徐々に消えていった。

 子供も朧に消えた。


 館を焼き払う。

 穢を再び戻さぬために?

 女達の遺骸の残りは館にあるのか?


『睡蓮は水草なのさぁ。

 お水が無いとねぇ。

 大きくて長い下茎が水のしたにあるのさぁ。

 とっても綺麗なお花が咲くんだよぅ。

 そしてね、この睡蓮は、たくさんの姉妹がいるんだ。

 たくさん、たくさん、オルタスに咲いているんだよぅ。

 そういえば、この館は不死鳥館っていうけれど、夏の水辺の館は睡蓮って名前だったね。

 それから、公主のお墓にも睡蓮だ。

 お花の色も色々あるし、大きさも色々あるんだよぅ。』


 何の話だ?


『あのお花もね、黄泉の岸辺の水草なんだよぅ』


 睡蓮?


『健気なお花は、不運の姫に答えたのさ。

 不運な供物の、まごころにね。』

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