第617話 目覚めし者は優雅に嘲笑す

 意識を失う事はなかった。

 終わったとわかったカーンが、こちらに来る。

 彼の足元が土を踏み沈むのを、横たわりながら眺める。

 虚脱感、何かが心から抜けていく。

 それが怒りなのか悲嘆なのか、よくわからない。

 軍靴が土に沈む。

 と、赤黒い血が溢れた。

 一足ごとに泉がわくように、まるで今、流されたかのように血が広がる。

 私をすくい上げる頃には、血の池のような有り様になっていた。


「なんですか、これは?」


 ミアの驚きの声に、カーンが答えた。


「ここが女達の死に場所だ。

 村からかき集めた女を、ここで殺して埋めたんだ。」


 避けるように私のまわりだけは、血が滲まなかった。

 お陰で血まみれにならずに済んだ。


「オリヴィア、そういう問題じゃねぇだろ。

 何でこうも、お前の方がボロボロになるんだよ。

 勘弁しろよ。

 ミア、何か掛物あるか?

 また、冷えちまった」

「お包みが用意してあります」


 赤子ではないのです。


「赤子以下だ、馬鹿が」


 何故か用意よろしく取り出される刺し子のお包み。

 防寒用なのか帽子付きだった。

 一応、赤子用ではないのか大きな物である。

 それでも妙に可愛らしい。

 どうみても軍用品ではない。

 貴族の子供が寒さよけに体を覆う物であろう。

 これをいつ用意したのだろう。


「すげぇ嫌そうだが、外套の上から被れ。それから後で火石も入れるぞ。」

「血が、新しいですね」


 グイグイと私を包むと、彼女は足元の血をじっと見つめた。

 不快というより、その表情は不思議そうだった。


「呪術とやらで、何かしたんだとよ。

 この有り様は、巫女が供養し呪いとやらを壊したからだ。

 胸糞悪い殺しを隠してたのが、出てきたんだろう」

「埋めますか?」

「焼くにも血と土じゃなぁ」


 力の抜けた私に、どうするかとカーンが聞いてくる。

 どうするか?

 血と泥の下には、子供の骨があるだろう。

 内臓を唯一抜かれなかった術の起点の子供の骨だ。

 それとて、術が解ければ溶けて土に還るだろう。

 それにここに、女達はいないのだ。

 もう、彼らは楽しい旅に向かったのだ。

 供物は神の元へ、報いは罪人の元へ。

 花の咲いた死骸が印。

 神の怒り、祟の印。

 それよりも、やるべき事がある。


「呪術、という物は、今は大丈夫なのですか?」

「大丈夫らしいぜ。

 死んた奴らも、殺した奴らに祟るだけにしたそうだ。

 勝手に花が咲いて、こっちの手間を省いてくれるとよ。」

「そりゃぁいいですね」


 と、あっさりと返し、彼女は館に引き返した。


「どうした?」


 皆、普通だなって。


 周りの兵士たちの反応を見るに、特段の驚きも何も変化が見えなかった。


「そりゃそうだ。

 巫女が供養する、穢を払うのは、当たり前だろう?」


 いや、似非ですが。


「似非が亡者を弔えるなら、神官も巫女も廃業だな」


 似非ですが。


「まぁそう言うのは自由だしな」


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