第841話 モルソバーンにて 其の一 ⑤

 恐れたように人の姿が散れていく。

 しかし、荷駄の後ろを少し離れて、好奇心を隠しきれない様子で後を着いてくる者も見える。

 私が街の者だったとしても、多分、気になって様子を伺うだろう。

 閉塞した世界に、外の者、それも大型の獣人がやってきたのだ。

 武装獣人の中央王国兵など、初めて見たことだろう。


 不要な摩擦が無ければよいが。


 人族至上主義、純血統主義の東という話であるが、王の義弟であるコルテス公の地だ。

 何処まで影響があるのか、判断がつかない。

 心構えだけは、ちゃんと備えておこう。


 そんな力む私とは裏腹に、周りの兵士達にさしたる変化はない。

 どちらかと言えば、無反応。


 それもそうだ。


 考えてみれば、彼等は中央軍として、様々な場所に派兵されるのだ。

 いちいち現地民の反発など取り合う気もないだろう。

 外交を担う高官ではないのだ。

 差し詰めカーン等は、端から馴れ合う気もないだろう。


 彼等が求めるのは、一連の事件の解明だ。

 それは私も同じである。


 現地民の感情を斟酌する前に、よく目を見開き耳をそばだて、皆の目にうつらぬ事を見るのがつとめであろう。


 力む方向を決めると、少し気が楽になった。

 そもそも戦う兵士の一助になる訳もない。

 いつも通りなのだ。

 異国を楽しむぐらいの根性を持たねば。

 等と考える自分に笑ってしまう。


 何に挑むというのか。

 挑むどころか、手も足も出まい。

 己の領分をわきまえて、初めての街を見よう。

 私は防水布を持ち上げると、テトと一緒に荷駄の縁から顔を出す。

 ちょうど商店街に差し掛かっていた。


 可愛らしい窓辺の装飾。

 公爵の言っていた陶器の店もいくつか見える。

 さすがに豊かなコルテスだ。

 通りに面した建物には、薄い硝子が使われている。

 布を売る店、金物を売る店、木の加工品の店。

 街場の見慣れた景色である。


 同じ人間が暮らすのだ、違いなど些細なものだ。


 食べ物屋に惣菜の店、一見何を売っているのかわからないような店構えもある。

 どれも白壁にだいだい色の屋根という、見ていて楽しい外見だ。


 ふと、行き過ぎる建物に変わった紋様がある事に気がついた。


 星のような形に、真ん中に剣が突き通っている。

 何だろう?


 すると目隠しが剥がれるように、大小様々な大きさの同じ形が見えてくる。

 どの建物にも、壁や屋根、場所は違えど同じ形だ。

 素材も金属や木など、色付けされた物もある。


 紋章?


 考える内に、隊列は街の中心部から東へと曲がる。

 道は大きな建物の方へと坂道が続いていた。

 結構な傾斜で、荷駄の馬の息が荒い。


 降りた方がいいだろうか?


 と、考えていると、私の重さがある無しは、大した差ではないと止められる。


 最近、考えを読まれる事が多い。

 そんなに私はわかりやすいのだろうか?

 それとも無意識に念を飛ばしている?


「違いますよ。

 俺達が、姫さんの顔や態度をよく見てるだけですよ。

 って、変な意味じゃぁないですよ。

 俺達は体力があって、力が強いでしょう?

 その十分の一も体力も力もない相手を、疲れさせたり怪我させちゃぁならないってんで、注意してるんです。

 護衛相手の顔色をよくよく注意してみるのも仕事なんですよ。」


 と、又、顔色を読んだらしいザムが言う。

 雨よけの頭巾からのぞく眦は切れ上がっているが、少し笑って優しげだ。

 気を使ってくれているようだが、やはり私の表情が読みやすいという事だろう。

 気をつけねば。


「気にするほど、顔には出てませんよ。ってミアに怒られるんで、無表情にならないでくださいよ」


 難しい。


「あっ、気がついたぞ。俺、しぃらねぇ〜」


 再び、位置を入れ替えていたモルドビアンが呟いた。

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