第840話 モルソバーンにて 其の一 ④
隊列は何事も無く、金属の大門に到着。
サーレルと地元の男が、ゆっくりと開き始めた大扉に消えた。
滑車が回り鎖が巻き取られる音が響く。
私は荷駄の奥へと身を潜めた。
意味は無い。
ただ、関の事もある。
荷駄を覆う防水布の下、毛織物の奥でテトと息を潜めた。
外殻は、幅が
亜人や獣人の姿はない。
そして当然あるべき出迎えがない。
領主来訪というのにだ。
ただ、拒む様子も見受けられない事もあり、やはりおかしい。
物々しい隊列に、人々が道の脇に避けていく。
雨もあろうが、外殻門から続く本通りらしき道の賑わいは控えめだ。
隙間から覗き見る景色は、この地方独特の白い壁の建物。
複雑な段差があるのか、荷馬車の通る道は決められているようだ。
人工石の加工施設がある西の方向は、すり鉢状に外殻に向かって高くなっていく。
街の中心が低くなっており、雨水に浸水しないのが不思議だ。
多分、コルテス独自の鉱山開発などで培った排水構造が地下にあるのかもしれない。
不安だ。
降る雨と暗い空の所為だけで無いと思う。
この街の景色は少し歪んで見える。
多分、目に入る建物の傾斜が不規則なのだ。
西に向かっての傾斜、東に向かっての緩やかな段差。
今、進む道は中心部に下っているように見えて、緩やかに曲がりながら上り道なのだ。
感覚が狂うというのだろうか。
ここで暮らす者の心身に影響はないのだろうか?と、案じられる。
が、多分、それも含めてアーべラインという長命種の氏族が置かれているのだろう。
実は亜人の一部は感覚が鋭く、地形の把握に優れすぎて混乱するのだ。
かく言う私も地形把握、複雑な道を覚える事を得意とするが、逆に不均等な構造や空間を捉えすぎて目が回るのだ。
そして長命種という種族は、逆に鈍いと聞く。
良く言えば、環境負荷への耐久度が高いのだ。
地下空間の開発に優れている亜人種が多いのは、方向感覚に優れているからである。
山岳地や地下に街を作り暮らす者の殆どが、亜人種である。
かといって暗闇に暮らしている訳では無い。
私もそうだったが、採光や空気の流れがあり、快適な空間を作り出す事に腐心するものだ。
こだわりが強いが、それが種族としての特性だ。
それに対して、ただの地下道や穴蔵で活動し続ける事ができるのが、長命種族なのである。
意外に知られていないが、亜人、私も含むが、左右対称や均等、釣り合が取れている事や、形の整合性、傾斜と視覚の統一性を欲する。
そしてそういった感覚のいっさいを持たないのが長命種なのだ。
彼等支配者層が暮らす場所の殆どが、美しく贅沢な拵えであるために、庶民は知らぬ話である。
多分だが、中央王国の建造物は、どの種族も暮らしやすいように調整されているのだろう。
王都神殿などは、精緻で優れた建築物であった。
そこに歪みも不均等も、まして床や天井、棟や梁が水平を保っていないなどという明らかな構造の不具合は無い。
目に見えぬズレもなければ、わざとそうした歪みを置いてはいなかった。
これは、冬場の地下生活が長い村に育ったからこそ、知っている話でもある。
辺境伯御一家も、その氏族の方々も暗闇の中に長く置かれても変わりない。
好んで暮らす訳では無いが、もし地下道にて落盤により閉じ込められたとしても動揺はしないと聞いた。
絶滅領域の冬を恙無く過ごせるという訳だ。
暗闇も歪で狭い場所でも、そこに恐れも不快感もない。
もちろん、美しいという概念は大凡共通である。
ただそこに歪みも美しさに含まれ、それを不快と感じる感覚がないだけだ。
当然、視界が歪んでいようとわからないし、それで目が回る事もない。
種族の違いというわけだ。
故に、このモルソバーンの不安、不安定な景色は、長命種だけの街らしい作りなのだろう。
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