第839話 モルソバーンにて 其の一 ③

 時に私は何と紹介されたのだろうか。


「そのままだ。

 神殿預かりの巫女見習い。

 見習いだが総代も認める神性の者だ。

 功徳を求める公爵の招きに応じた体裁だな。」


 「気にかけずとも大丈夫ですよ。

 彼は少し寝不足なだけです。

 姫は心配無用ですよ」


 と、公爵が言葉を挟み、その様までもが会話しているように見えたのか、サックハイムの視線が痛い。


「モルソバーンは人工石材の生産施設が街の西側にあります。

 そこから労働者の居住地が広がり、中心部に繁華街、東側にアーべライン達氏族の館や政の施設が置かれています。」


「中原の都市とは違い、外殻壁はその石材を豊富に使い、城塞並の様相だそうだ。」


 熱い茶を手に取ると、カーンは少し面倒だと呟く。


「技術流出をさせない為に人の出入りを難しくしています。

 人工石材の他に、アーべラインは陶磁器も手掛けています。

 良質の粘土層が採れる地層が近くにあるのです。

 それを焼き物として加工している。

 食器以外にも、可愛らしい人形などもありますから、一度、ご覧になると良いでしょう。」


 陶器の人形や小動物の置物もありますよ。

 等と微笑まれて困惑する。

 その笑みと馬の一件が頭をよぎり、誠に不本意な考えにたどり着く。


『旦那、まさか公爵殿は、私を幼児とお思いなのか?』


 思わず、強く声としてカーンに問いかけていた。

 それに茶を噎せて吐き出す男。

 答えはわかった、酷い。


「えっ、なんて、何を言っているんですか?私には聞こえないんですけど、えっ」


 サックハイムの問いに、カーンは更に喉を詰まらせた。


 ***


 モルソバーンは人口五千弱。

 水源は地下水と湿地帯から分かれた河川を引き込んでいる。

 原生林を横切る赤土の街道を進むと、突如、常緑樹の向こうに白い威容が目に入る。

 関と同じく、白い石材の壁だ。

 これが人工鉱石の石材か。

 高さは20パッス、その壁に13パッスほどの間隔で物見の塔がある。

 今まで目にした宿場等とは比べられないほどの、立派な外殻だ。

 トゥーラアモンの石積の外殻は、要所以外、このような高さは無い。

 まぁ古都は、城の城壁が本来の外殻だったのだから、低いのも当たり前だが。


 モルソバーンに先行していたのは、サーレルだ。

 私達が休んでいる間に先に辿り着いていたのだろう、外殻の大きな金属門の前で、地元の者と待っているのが見えた。

 その姿がぼんやりと滲んでいる。

 先程まで差し込んでいた陽光は消え、空を見上げれば黒い雲が流れていく。

 胸苦しい雲が次々と湧き上がり、ぽつぽつと雨が混じりだした。

 まだ、所々で雲の切れ目から光りが落ちていたが、雨が先走って幕をおろしていく。

 緑の木々も暗く色を滲ませ、白い壁がやけに浮き上がって見えた。


 煙る雨、陽射しが西に逃げていく。

 まだ昼前だと言うのに、蓋をされたように何かが閉じられていく。


 この景色は同じだろうか?

 この私の見る世界は、皆と同じだろうか?


 命の炎を吹き消すような、雨の中、早々に被せられた防水布の下で考える。

 よくよく耳を澄まし、目を見開かねばならぬ。


 街道より下り、小さな谷間を挟んで少し登る。

 道は遠景のモルソバーンの中身を晒す。


 それにてカーンの呟きの意味がわかる。

 外殻は高く、思うより起伏の激しい場所に街が作られているのだ。

 中身、街はすり鉢状になっており中心部が低い。

 そして不規則な街並みが、凹凸をつくって渦を描く。

 複雑な作りが迷路のようであり、まるで狩猟罠のように見える。


 面倒で厄介。

 人の往来を拒む作りであり、逃れるのも面倒に見えた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る