第832話 空想の怪物 ③
カーンに説明された領土の位置取りはと言えば。
まず、目指す川関は、アッシュガルトから北東方向にある。
この流れの源流は、ニコル姫の墓がある西側の高地湖沼地域と、コルテス東の氏族の街の方向から流れ込む川、そしてボフダン領境の川が合流し、アッシュガルトの海へと注いでいる。
私も勘違いしていたが、西から東に向かって3つの公爵領があると思っていた。
配置は王都方向からコルテス、シェルバン、ボフダン、そして東の海だと想像していた。
実際はコルテスの領地が下限の月のような半円を、山脈、湖沼、森林を呑んで広がっている。
そして、その残りの北の山脈と森林をシェルバン、東の海沿いをボフダンが埋めていた。
つまり領地を木の年輪だとすれば、三分の二をコルテスが外皮縁から覆い、中を二分割したのが他二つの公爵領で、シェルバンは芯の部分なのだ。
王国街道からシェルバンへと至るには、コルテスを通過するか、ボフダン側の海から回り込む事になる。
逆を言えば、シェルバンは、どちらか二つの領地を必ず通過しなければ、海路も王国街道へも到達できないのだ。
兄弟領地として仲良く立ち回らねば、シェルバンが干上がるのは当然なのだ。
つまり東マレイラの内地へと向かう道は、どこを通過しても最初にコルテスの領地にあたる。
つまり川関の管理は、本来はコルテス人が置かれているのだ。
その東マレイラとは、どんな場所なのか?
難しい事、歴史や政治の話以外の、普通の風聞とする。
鉱物資源は、ジグ島の特殊な鉱物を除けば王国随一の産出量となる。
つまり豊かだ。
湖沼を抱え、広大な原生林、水と木にめぐまれる。
海からの恵みもだ。
これも又、十分に暮らす者を富ませるだろう。
東の冬は湿気っていたとしても、年を通せば温暖で四季も美しい。
唯一農耕に関しては、穀物の生産量が少なく、中原からの輸入に頼る。
金属や鉱物の加工などが主な産業で、食料面からも海路輸送は非常に重要だ。
代わりに、南国の果物ほどではないが、果樹の栽培が盛んである。
と、周りの者の受け売り、旅の話の種としてはこんな具合だ。
東マレイラは、豊かな土地柄なのだ。
それに南国の果物。
良い響きだ。
東は柑橘類が多く栽培されている。
これも良い。
だが、この行軍を見て、誰が見聞を広める旅だと誤摩化せようか。
荷駄に揺られながら、感慨を覚える。
一年前の自分は想像できただろうか?
人生は、不思議だ。
永遠に続く旅路のように感じ、変わらぬ明日が続くと思う。
けれど今日これから無事に時が過ぎ、同じく安らかな夜が訪れるとは限らぬのだ。
朝陽が静かにのぼる。
白々と東の空に。
ここ暫く空を埋めていた雲が流れ、光りの帯が世を照らす。
木々や地面から白い霞が立ち上る。
馬体からも湯気が立ち昇り、きらきらと光りを放っていた。
やがて景色は、木々がまばらになり、見通しが良くなる。
緩やかな登り坂だった道も、ようやく平らかとなった。
下生えも青々とした草地になる。
海の匂いが薄く遠くなった。
そう感じるとすぐに、見慣れない様式の建物が見える。
白い壁石の箱型の建物。
自然の中に突如として見えたそれに、あれが関かと私は見入った。
何故か、夢の中にまだいるような心持ちがした。
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