第831話 空想の怪物 ②

 暗闇の中を素早く隊列が進む。


 馬と武装した兵士がたてる騒々しい音が風に消えていく。

 闇夜に紛れて痕跡を消そうというのだろうか?

 私は荷駄の揺れに酔わないように、縁につかまり遠くの景色を見る。

 暗闇だが目を凝らすと、街道の轍や勢いよく流れる景色が見えた。

 藍色の大地に、黒い木々。

 闇に浮かぶ世界は、絵のように静かに見える。

 毛織物の中では、激しい揺れにテトが小さく鳴いている。

 不平と言うより揺れで勝手に鳴き声が出てしまうらしい。

 それも空が白み始める頃には、私もテトも荷に埋もれて夢へと旅立った。


 それからどれほど経ったのだろうか。

 夜露を浴び体が冷えたのか、大きな揺れに目覚めると背中が強張っていた。

 見回せば、街道を駆け抜け過ぎらしく、景色は海辺からすっかり内陸へと変わっていた。

 朝が近い。

 空がほんのりと光っている。

 雷雲は見えない。

 隊列の速度も少し落ち、景色をあらためて見回す余裕ができる。

 毛織物の隙間から、テトと一緒に顔を出す。


 白い霧、常緑樹の緑。

 道の土が赤い。


 ニコル姫の墓へと向かった道筋を、反対に円を描くようにコルテス内地に向かう。

 この東周りは湖沼地帯ではなく、緑溢れる原生林だ。

 見回した限り、生き物の気配も濃厚である。

 狩猟月にはさぞかし、良い狩り場になろうという風情だ。

 だが、ここはまだ、コルテス領ではない。

 三公爵の領地への分岐点に至らない、中央との緩衝地帯だ。

 旅程を大まかに聞いたところ、荒れ果てた三公領主館の町へと続く道は使わない。

 本来は、その街道を通りコルテス内地に続く太い道があるそうだ。もちろん、そんな愚策をとる程、誰も愚かしくはない。

 敢えて、本拠地やコルテス領主街と呼ばれる繁華な場所ではない、それでも重要とされる小拠点を経由するつもりらしい。

 そしてこちらの旅程を把握されないように、コルテス人以外が暮らす場所は避けて通る。

 倍以上の距離となる東回りの川関所に向かうのは、公爵自身を守る為なのだ。

 その為、常にサーレル達は先行している。


 まず初めに目指すのは川の関、3つの領地へ向かう道の分岐点だ。

 ここは川からの荷駄を陸路に変える為の関でもある。

 普通の旅人ならば、三公爵の共同領主街から通じるそれぞれの街道を使う。

 緩衝地帯東側は、主に川上げされるような荷物の運送路なのだ。

 違いは途中に宿場があるかなしか、又、多くが目的とする街に繋がっているかだ。

 コルテスの場合は、荷揚げ品の多くが加工品の原料ならば、この東回りの運送のみに整地された道になり、途中はその荷の安全を保証する軍事施設を経由する。

 普通の旅人、小商いなどならば、通常の治安維持がある程度なされたアッシュガルトから近い三公街道を使う。

 治安を考えればそちらになるだろう。

 宿場宿場に兵士もいる。

 そしてこちらの東側の道は、荷駄と護衛を揃えた生産を担う街が運送を行う。

 ともかく足の早い荷馬車に、コルテスの小砦を経由して各氏族の街へと運び込むのだ。

 途中に宿場は無いし、人家や集落は作らせない。見慣れない建物や人の集団は、小砦の兵士が駆逐する。

 と、現在、公爵不在の間、どのような状況になっているのか、その確認も含めての旅程だ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る