第830話 空想の怪物
新月の闇の中を軍馬の隊列が進む。
珍しく静かな夜だ。
コルテス公爵の護衛は、サーレル、エンリケ、イグナシオの三人が先行。
二個小隊が公爵を囲み、荷駄が続く。
小隊は、ミ・アーハ達移動組と元々カーンが使っていた古参兵、そして一部城塞の憲兵を加えた四十数名程。
決して大人数では無いが、全員が獣人のそれも重量級の重武装兵士だ。
物々しい上に、数以上の強力な兵力だろう。
そんな中、ロードザムとモルドビアンが後尾の荷駄についている。
荷駄の護衛というか、それに乗る私の護衛だ。
テトと一緒に荷物扱いだが気楽だ。
気楽、というかいつものアレだ。
落ち着くまでの一悶着が繰り返された訳だ。
出発時、カーンは自分の馬に私を乗せようとした。
ここでテトが以前もめた流れを繰り返すも、今回は私の方から断りを願った。
巨大な軍馬に二人乗り。
これが普通の馬で、同乗者が武装して無ければ問題は無い。
重武装の獣人兵を乗せる戦馬は、馬という名の別の生き物だ。
馬の形をした野生の牛より大きく見える。
その前足など品種改良されているらしく、私ぐらいの太さだ。
そして如何にも乗り心地の悪そうな特別製の鞍で、長時間の同乗は無理に見えた。
主に軽い私の体が、カーンの金属装備で削れる。
短い時間の相乗りならばまだしも、数日の旅程である。
念話で、そう主張したところ、隣で優美な馬に乗る御仁が自分の膝を叩く。
拒否の仕草をどう受け取ったのか、輝く笑顔だ。
怖い。
公爵の乗る馬は、普通の高級そうな牝馬である。
持久力に優れたいかにも血統の良さそうな青馬だ。
笑顔で手招いて、膝を叩いている。
孫を呼ぶ祖父のような仕草である。
実年齢は曽祖父ぐらいであるからして、その仕草は別に不思議ではない。
だが、彼がやると不自然すぎた。
公爵の容姿だけ見れば、物語の中に出てくる夢の王子のようである。
王子が好々爺の仕草をしても、失礼な感想になるが正直怖い。
中身は得体が知れない上に、重ねて失礼だが魔王役が似合いそうだ。
けれど武装していないから痛くないよ、膝に乗れ。
というのは、曽祖父の年齢ならおかしくないのか?
「いや、おかしいだろ。騙されんなよ、オリヴィア」
カーンの呟きは聞こえたが、何が失礼になるあたるのか、わからなくなってくる。
軽く混乱していると、テトが盛大に両方を威嚇し考えを割る。
又も、いつものやり取りが繰り返し始まり..
「はいはい、姫様はこっちですよ」
猫ともども、ミアが私を丸っと抱えあげ、荷駄に運んで終了となった。
「馬鹿ですよね」
聞こえるような大声で彼女は言うが、不敬にならないのだろうか?
「馬鹿だって自覚のある奴にしか聞こえませんよ、姫様」
考えを読み、彼女はアハハと笑うと毛織物を広げた。
そうして私は毛織物にくるまれて今に至る。
ミアの苛ついた笑顔と暖かいほうがいいでしょうよ、馬鹿なんですかね?という意味合いの進言が決め手だ。
ザムとモルドは無言で荷駄周りの配置についた。
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