第833話 空想の怪物 ④
一行のたてる物音の他に、水の流れる大きな音も聞こえる。
近づけば、上流とは違い川幅は広く、泳いで渡れるような流れではない。
深く早く流れる川は、天候が荒れれば更に急流に変化する。
そこに石の橋が渡され、先には街道を塞ぐように関の建物が置かれていた。
見える限り通路は荷駄が通れる幅だ。
狭い作りは何処の関とも共通だ。
先行していたサーレルとエンリケの姿が見える。
先触れの役割もあるので、武装集団の到来による混乱を避ける役割だ。
そんな二人は、検問の兵士と共に橋の途中に立っている。
たった二人に十数人の兵士を見れば、いつもどおりの顔つきと緊張にこわばる者達の対比が面白かった。
関は橋を渡りきった場所にあり、端を渡る事で人数を絞られた上で、後戻りできないように先細りになっている。
本来なら、橋の終わりの建物で改めるのだろう。
だが、今回は武装した中央軍の集団だ。
橋を渡る前に改めを終え、すみやかに通過を願いたいのだろう。
下手に中で止め、いらぬ誤解を招きたくないという事だ。
中央軍のみならずコルテス公本人の到来である。
関の者が何人であろうと、本来の役目以外に関わる事はよくないと判断したのだろう。
彼らがコルテス人であるならば、これは由々しき事である。
そしてコルテス人以外ならば、これもまた厄介すぎる話である。
この改めの際に、記録としてコルテス公の存在を明記する事になる。
公爵の招きにより、中央軍の一部隊が護衛し同行しているからだ。
と、この文書を残すのが関に立ち寄る目的だ。
この記録を必要としたため、山野を通らずにこうして正式な道を進んでいるのだ。
自治領に招かれずに中央軍が侵入するには、それなりの理由が必要だ。
戦争や粛清ならば問答無用だが、今のところ協力地であるコルテスに武装集団を投入する理由は無い。
占領にしろ殲滅にしろ、大義名分というのは後々の交渉事には必要なのである。
我々は正しいのだ。というお題目だ。
もちろん、関の役人にとっては、困惑する事態だ。
そもそもだ。
公爵が本人であるのかは、その尊顔を拝した者でなければわからない。
そして公爵の失踪などという記録は無いのだ。
入領を記録したとして、コルテス公が領地を出た記録は無い。
況や公爵の尊顔を知っていたとしても、事実として裏付ける事が難しい。
事実は、中央軍の兵隊が自治領にやってきたという事。
それをここで阻むべきか否か、判断できる者はいないだろう。
己の領地に公爵が戻るだけなのだ。
そして一番の困惑は、公爵が人質なのか、軍に護衛を依頼したのか不明なところだろう。
関役人がコルテス人ならば、自領の凋落を見れば明らかだ。
余程おめでたい者でもなければ、不穏な出来事がおきていると推察できる。
ここで公爵の意思がどのようなものなのかを確かめたい。とも考えるかもしれない。
しかし、彼らが本当に末端の、そう普通の民であるならば手出し無用となる。
公爵に問う事こそが、甚だ芳しく無い上に無礼にあたるからだ。
無礼承知としても、どのような行動が、
いやはや難儀である。
と、部外者である私は観客である事にホッとしている。
対する関役人が、どのような勢力に加担しているか不明なので、難儀なのはお互い様だ。
相手の出方次第でどうなるか決まる。
そんな緊張をはらんだやり取りは、私が思うより順調に見えた。
それはボフダン人の交渉役の青年の存在と、いつもどおりの公爵の笑顔につきる。
交渉役の青年サックハイムは、顔色こそ悪いが弁が立つらしい。
よきにはからえ、という公爵の仕草を受けてからの彼の仕事が早かった。
公文書を示しつつ相手の懸念を潰し。
最後には、公爵にはなんら問題はない。と、いう書類を関側に作らせる。
この集団が公爵の願いにそったものであり、これを認める文章だ。
それを受取、次の関や街で示せるようにすると己が懐へおさめた。
素早い仕事で、相手に考える隙を与えない。
まさに弁舌だけで煙に巻く姿は、頼もしい官吏である。
怖いお役人。
と思うところだが、寝不足からの馬酔いで顔色が悪い。
お客人のお坊っちゃんも荷駄に乗るかい?と、ミアに小突き回されている姿を見ていたので、怖いお役人というより不憫だった。
もちろん、そんな不憫な青年は、関の書類にもきちんと公爵が領地に戻る旨を記録させ、職務を怠ることはなかった。
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