第834話 空想の怪物 ⑤

 そんな交渉のやり取りを、威圧感剥き出しの集団が囲む。

 あっという間に幾重にも取り囲まれて、兵士の頭ばかりがよく見える。

 どちらが悪役に見えるか、誰に聞かずともわかる景色だ。

 それでもボフダンの青年と役人は、お互いに話がついたと安堵の顔を見せる。

 そうして一行は、再び歩みを始めた。

 荷駄の改めは無い。

 関役人は、身改めさえもしなかった。

 私の不審が伝わったらしく、傍らの行くモルドビアンが説明をしてくれる。


 本来、中央軍の正式な旗を掲げた集団の改めは、書類のみなのだそうだ。

 武装解除や装備の改めが要求できるのは、領地の高官か支配貴族が要求した場合だけである。

 そして例の軍事特例の場合、手形によって書類も通す必要がなくなる。

 今回は、通過記録を残す為、本来はいらぬ手順を踏んでいるだけなのだ。


 順路を進むと、ようやく荷駄と人が余裕をもって通れる幅に戻った。

 武器が取り回せる余裕ができると、公爵に侍る兵士がギラギラと目を光らせ、警戒を強くする。

 順路にて火攻めなどの攻撃を受けては堪らない。等と、イグナシオが宣ったのもある。

 しかし私が見たところ、この関は鄙び、役人も関の衛士も塩の抜けたような朴訥とした年配者ばかりだ。

 その朴訥とした雰囲気から、物々しい隊列に挑む気概は欠片も見受けられない。

 むしろ穏やか過ぎて、不気味な程だ。

 変異体の騒ぎを知らぬ訳ではなかろうに。

 と、のんびりと考えていたが、騒動の痕跡はあった。


 順路の途中、両脇の壁が焦げヒビが奔る。

 所々、炭か血なのか、何かが擦れたあとも残っていた。

 物騒な事があり、その痕跡を消す暇もないという風情だ。


 私の楽観的な印象は間違っていたようだ。


 そうして改めて怖怖と荷駄の隙間から伺い見ていれば、関の衛士と目があった。

 荷駄と兵士を見ていたろう、その目が丸くなる。

 荷物に混じって兵士以外の者がいる事に驚いだのだろう。

 それも猫付きだ。

 慌てた様子で、先頭の集団と関役人に問いかけている。

 何と答えているのだろう?

 自分の身の上を表す言葉が見つからない。

 私は何だ?

 そもそも何で同行するのか?

 虜囚という身の上でもない。


 虜囚と言えば、ニルダヌスは公爵の馬の後ろについている。

 公爵と同じく普通の馬に乗って、その持ち物として従っていた。

 奴隷としての焼印は、両手の甲に押されており、今は包帯が巻かれている。

 焼印は公爵の名が記されており、勝手に消すと両手が落とされるそうだ。

 獣人の場合、肉体を活性させて傷を無くしてはならないという事だろう。

 ニルダヌスは擬態を解く事ができないので、焼き直しはそうそう無いはずだ。

 獣人用の入れ墨までは、間に合わなかったらしい。

 もし薄れるようなら、その度に焼き直すとか、痛いだろう酷い話だ。

 それでも他に目立った変化はない。

 公爵の許しを得て、武装もしている。

 なにしろ公爵が不慮の事故で死を迎えたら、ニルダヌスも殉死をすることになる。

 彼は自分の命を守るように、公爵を守らねばならぬのだ。

 守り従えば、彼は生きて報酬を得られ、その報酬は家族であるビミンへと与えられる。

 私の自己満足の結果だ。

 一応の元気な姿に安堵をするが、謝罪はできない。

 罪悪感を忘れてはならないのだ。

 自分を甘やかしてはならない。

 泣いていたビミンを忘れてはならないのだ。

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