第553話 さぞや...と、老人は言う ②

 霧が晴れ、湖面を西風が吹き抜ける。

 荷物をまとめていると、カーンが戻ってくるのが見えた。

 墓守の馬が引かれている。

 その背には、コルテスの者が乗せられていた。

 何れも意識が無いのか、腹ばいで馬に積まれているのが見えた。

 出迎えて、彼らを熾火となっていた焚き火の側に寝かせる。

 それを遠巻きに見ていたが、カーンが私を呼んだ。


「これは?」

「落ちてたぜ、墓の周りと通路、馬番も逃げようとした感じでな。

 触って確かめたが、一応、こっちには何もしてこねぇ。

 けど、お前は触るなよ」


 その間にも、横たえた男達の兜を脱がす。

 墓守と名乗った男以外は、軽武装していた。

 横たえて、それらを出来得る限り緩めていく。

 できる範囲でだ。

 とても中身を検められそうに無い。


「どうして、こんな」


 身を探られても意識が戻る様子はない。


「団長、やはり引き剥がそうとすると、締め付けがきつくなります」

「オリヴィア、何か見えるか?」


 それはグリモアへの問いだった。

 問われた私はとっさに口にしようとした言葉を呑んだ。


 だって、神罰だもの。

 相応の罰なんだから、人が触れては駄目だよ。


 さっと瞼を閉じ、それからゆっくりと目を見開く。


 答えを求めてはいけない。

 対価を払う事になる。

 これはそういう事なのだ。

 だから、彼らは黙っている。

 風に含まれる囁きだけが、賢しらに話しかけてくるのだ。


「何も、見えません」


 兵士に囲まれる姿は、蔦に覆われていた。

 蔦。

 それも太く青々とした蔦で、縄のように巻かれているのではない。

 蛭のように吸い付き、樹木に絡むように人に絡みついている。

 試しに人の手で剥がそうとすると、その蔦先が皮膚の下へと潜り込む。

 そう、よくよく見れば肉の下へと蔦の先は潜り込んでいるのだ。


 そうして蔦に喰い付かれた男達は、口を開け、白目を剥き、浅い息をついている。

 その皮膚はどす黒く乾き、まるで年老いたようにシワがよっていた。

 あからさまに、この蔦に喰われているとわかる。


「このような植物がここに?」

「南部の肉食擬態は知ってるが、東で人間を喰う植物がいるとは知らん」

「いるんですか」

「普通は小動物に根をはる菌類だ。死骸に根をはるのが殆どで、人間を喰う植物は人里にはいねぇから」

「いるんですね。でも、東にはいない」


 この世に咲かないお花咲くよ。


 では、何処に咲く?


 子供のおとぎ話なら、天の国の尊い花と思うだろう。

 だが、天の国も救い手も、見たことは無い。

 所詮はおとぎ話だ。

 知っているのは、地の底の冥府。

 死者の神だ。

 もし、冥府の花が咲くのなら、どのような物だろうか。

 陽の光りささぬ場所にて、何を糧に咲くのだろうか。


 例えば、このように人の肉や亡骸を苗床にして、咲くのではないか?

 人の命と血を吸い上げて。


 亡者の神に選ばれた、罪人の血肉にて咲くのではないだろうか。

 魂までも枯れ果てるまで。

 吸われ朽ち果て消え去るまで。


「蔦を切ってみろ」

「うぉっ、汁が、溶解液です。

 中和剤を、つーか、やべぇ。

 団長、切っても増えるみたいです。」


 だって、天罰だもの、ね。

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