第626話 目覚めし者は優雅に嘲笑す ⑩

 女性的とも見える白い頬と細い鼻梁。

 金色の睫毛を見ていると、それは前触れもなく動いた。

 蝶の羽ばたきのように動いた後、スッと瞼があがる。


 夏の空の色だ。


 その美しい輝きが、素早く私達を認める。


 沈黙の一時。


 不用意には動かず、彼は大きく息を吸い込み吐いてみせ。

 それから、ゆっくりと空を、瓦礫を、兵士達を見回す。


 顔色を伺い、何を考えているのかと私も見つめる。

 と、それがわかったかのように、私に面を向けた。

 その瞳は虚無を宿しているのに深く輝く。

 カーンに対しては、見もせずに胸に抱いていた剣を渡す。

 いずれも流れるように自然な動き、目覚めたばかりには見えない。

 そうして相手に剣を受け取らせると、ゆるりと微笑みさえみせた。

 薄い唇がゆっくりと笑みの形をつくる。

 そのほほ笑みは貴公子のそれだというのに、薄ら寒かった。

 言うなれば、獲物を喰らう前の蛇の微笑みだ。


「姫よ、お戻りになられたのか?」


 声音も静かで美しい響きをしている。

 深く静かで男性的な声だ。


「少し、顔色がすぐれませんね」


 と、まるで昔からの知己の如く言葉を寄越す。

 その視線は重く湿っており、私は知らずに冷や汗が滲む。


「貴様は何者だ」


 すかさずカーンが割って入り、私の視界をその背が埋めた。

 それでも、ちょっとだけ横から見てみる。

 何故か相手は私の動きがわかるらしい。

 視線をあわせてくると、再び微笑まれた。


「姫の夫だ。

 此度の騎士は、だいぶ無作法だね」


 イカれた答えに、私が目を丸くしていると、カーンがため息をついた。

 やれやれと頭を振る。

 それから一旦預けられていた剣を持ち主に返した。

 武装を許す行為と、許された側が目をやっと合わせる。


「確かに元凶だったな。

 一緒に燃えちまえば良かったのによ」

「団長、つまり誰ですか」


 この狂人は?

 と、付け加えなかっただけ、ミアは私より状況が見えている。


「姫の夫だとよ」


 つまり、隠遁したはずのコルテス公、本人と名乗ったのだ。


 ***


 何故という問いに、コルテス公は答えた。

 私こそ、何故と問いたい、と。


 塔に眠っていた男は、ターク・バンダビア・コルテスと名乗った。

 第14代目バンダビア(宗主名)・コルテス公爵であると。


 姫の夫、当人で間違いはないのでしょうか?


「バンダビアは宗主頭領しか名乗れない。

 名乗るのは馬鹿か、頭が狂っている者だけだ。

 宗主名を虚偽にて名乗る事は王国法では死罪だ。

 中央王国軍の兵士を前にして、宗主を名乗るってのはそういう事だ。

 次代は娘、女公爵の予定だ。

 キリアンの母とは別の妾の娘だったはずだ。

 公は姫以外の正妻を置くことは無い。

 宗主名を名乗っただけでは、証明にはならんし、俺も本人を直接見たことは無い、無いが..」


 外見的特徴はあっているのですね。


「火炙りになるとわかっていて名乗る狂人だったら面倒臭くねぇのによ。

 長命種人族で貴族、目の色、肌、髪色も該当する。

 何よりも公爵は色男で通っている。

 拝したいと女達が群れをなすとの話だ。」


 拝したい?


「公爵は愛妻家で姫の夫のままだ。

 決して、次の妻になりたいなどという大望はもてない。

 もってはならないって意味の拝したいだ。」


 よくわからないです。


「下世話な話だ。わからんでいいさ」


 公爵はお幾つなのでしょうか。

 姫との年齢差が気になります。


「長命種でも古い血の人間は、外見の老化が緩やかた。

 若造に見えるが、あれで俺の親の親ぐらいの年代だ。」


 その公爵は、トリッシュから水と携帯食を受け取り、口にしていた。


「当時、既に成人済みの姫も子供ではない。

 長命種と準人族の釣り合いはそれなりにとれていたはずだ。

 お前を見て姫と言い出したが、あれは演技だ。と、いうかお前、顔で騙されるなよ。」


 本人かどうか疑わしいと思ったのです。


「若作りすぎるよな」


 そういう意味では。


「冗談だ」

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