第619話 目覚めし者は優雅に嘲笑す ③

 微妙にペデ換算での身長表現は止めてほしいのですが。

 私は赤子ではありません。


「だが、大人でもない。無理すんじゃねぇよ。

 大人の俺が情けなくなるぜ。

 ここを手早く焼き払ったら、村まで戻る。

 少し村で休んだら、後は寄り道無しだ。

 帰ったら医者だ。

 今度こそしっかり養生だ。」


 それほど弱ってはいませんよ。


「どこがだよ。

 もう少し目方が増えて、デカくなってから吹いてくれよ冗談言えよ

 弱ってヒョロヒョロじゃねぇか。

 寝てても死んでんじゃねぇかってビビるだろうが」


 言葉がどんどん南部の俗語混じりになっていく。

 グリモアと同化しているので、他人種の耳慣れない言葉多言語・南部獣人語も意味がそのまま伝わった。

 本人も共通語のつもりで喋っているのだろうが、念話になってから、荒っぽい俗語南部訛がだいぶ混じり始めている。

 独特の巻き舌口調で、なんとも荒々しい。

 傭兵をしていたと聞いているので、そうした口調が自然なのだろう。

 面白いなぁと思いつつも、一応反論した。


 旦那、これでも女の部類だ。

 目方を増やせと言われても、嫌なのですよ。

 それに旦那達のように、いくら食べても大きくはならないと思う。

 なったらなったで、嬉しいですけど。

 大きくなるのは大歓迎、いえ、今の私も小さくないですよ!


「小さいだろが、豆だろ、豆。

 怒んなよ、わかってる。

 ものの例えだ。

 それでも血が足りてねぇし、栄養状態も見るからに悪い。

 言っちゃぁ何だが、お前を死なせそうで、怖いんだよ」


 怖い?


「怖いね。

 昨日の夜、俺は怖かった。

 他の奴らにゃぁ言えねぇが、怖かったぞ。

 俺の手落ちでお前が死ぬ。

 昨日の晩の無様さを見ろよ。

 俺の自惚れは、木っ端微塵だな」


 それは違いますよ。

 何が起こったとしても、それは私自身が選んだ道だ。

 ここに来たのも、私が選んだ事だ。


 それに旦那のお陰で、こうして私のわがままが許されている。

 ありがたく思っています。

 本当に、ありがたく思っているのです。


「オリヴィア、そうじゃねぇよ。

 本当に寛容でいい人って奴ならな、お前をダシにしたりは、しねぇんだよ。

 俺が善意でここまでしてる訳じゃねぇってことを、理解しておけよ。

 俺は任務、義務によってお前を庇護している。

 別の目的って奴があるんだよ。

 だから礼なんて不要なんだ。」


 それは当たり前ですよ。

 旦那は立派な中央の騎士、兵士です。

 私を庇護しろとの命以外にも、お仕事をするのは当たり前です。

 むしろ、私のお守りを全力でするようなお方では無いでしょう。

 それでも、旦那は寛容だ。

 無礼な私の物言いも許す。

 私の奇矯な考えも許す。

 そしてこうして、念話を通しても許してくださる。

 物知らずの私でも、これが許しである事は理解しています。


「寛容なんじゃねぇんだよ。

 大人は狡いんだ。

 そんな素直な目で見んなよ、余計、いたたまれねぇや。

 よく聞けよ、おい。

 感謝なんぞすんな、馬鹿が。

 オリヴィア、自分の得する事を選ぶんだ。

 何処かの誰かの幸せじゃねぇ。

 お前自身の、幸せ、楽しい事を選ぶんだ。

 自分が選んだって言うなら、自分で自分を大切にするんだ。

 赤の他人の俺に、命を簡単に預けちゃいけねぇんだよ。

 俺達を利用し、信用しちゃぁならんて事だ、わかるか?

 俺達を守ろうとしたり、俺達の事を軸に物事を考えちゃ駄目だ。

 お前はお前の命を大切に、一番に考えるんだ。」


 悪人面の顔を見上げて、思わず笑う。

 人は見た目だけではわからないものだ。


 ありがとう。


「そうじゃねぇよ、おい、聞けよ、こら」

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