第780話 孤独の岸辺(下)③

 えぇっと、責任を放棄しない人という意味です。


「果物の追加か?」


 金柑以外だと、どんな果物が?


「続きな」


 暫く、口述筆記に集中する。

 黙って書き記していると、先程の続きか、カーンは合間合間に話しだした。


 彼には、兄弟というか、血の繋がらない父親の兄弟姉妹がごまんといた。


「遠い縁戚ぐらいの血は繋がっていたんだがな」


 地方貴族でうらぶれた土地の支配者である父親。

 大領主貴族の娘で血筋だけの素行の悪い母親。

 その父親とは血がつながっていない事は当人も誰も彼もがわかりきった事実。


「お前の想像もつかない家族って奴だ。

 俺の兄弟姉妹とされていた者達も、殆どが血筋さえ定かでない父親の子だった。

 唯一誰の子供かわかっていたのが、嫌い抜いている俺だけだった。」


 赤子の頃に殺されなかったのは、偏に母親の実家と彼の受け継いだ血のお陰であった。

 地方貴族が物申すには大物すぎたらしい。

 つまり本当の父親は相当身分があるそうだ。

 その母親も、カーンが言葉を覚える頃には死んでしまった。

 死因を言わなかったが、ヘラッと笑って語る様子は、尋常な死に様ではない事が伺えた。


「もう子供じゃねぇし、俺にしてみればどうでもいい話なんだ。」


 虐待は母親が生きていた頃からだったので、彼は母の死後、召使達と同じく台所の隅で寝起きするようになった。


「そんな顔すんじゃねぇ。

 俺にとっては世間話にするぐらいの話なんだよ。

 これは極端な俺の場合って奴だ。

 誰も彼もがおかしなエセ家族ってのを作ってるわけじゃねぇ。

 真っ当に夫婦で仲良く助け合ってる方が多い。

 養子の子供を可愛がってる家だってある。

 俺だって知ってるからよ、まぁこの辺で止めるか」


 それでも私が話の先を促すと、彼は肩をすくめて思い出すように続けた。

 そんな親と呼ぶには問題のある男は、妻や両親が亡くなると、元から緩かった箍が外れた。

 妾を何人も引き入れると、子供を際限なく量産した。


「言葉が悪かったが、毎年毎年、何人もの女の腹が膨れてるんだ。

 あの変態野郎は、借金と子作りだけする塵だった。」


 しかし、本当に血の繋がりのあるはずの兄弟姉妹たちも、良い暮らしをしていた訳ではない。

 寧ろ放置されているカーンのほうが自由に動くことができた。

 飢えれば狩りをし、食料を調達したりもできた。

 貴族とは思えない飢えて貧しい暮らしぶり。

 貴族だからこそ、暮らし向きを良くする手段が限られていたのかも知れない。


「俺の母親が生きていれば金回りもよかったろう。

 俺を担保にできる金蔓だしな。

 だが、そんな事が理解できる脳みそが奴にはなかった。

 腹に子供がいる女を妻に娶らせた親の考えもな。」


 元々、母親の氏族と本当の父親からの援助の為に預かったようなものだ。

 滑稽なほど自尊心だけが高かった男は、預けられた妻を憎み抜き、親を憎み抜き、全てを憎んで生きていた。


「利用すれば良いし、親も良かれと言う采配だ。

 だが、もとより妄想だけが頼りの男でな。

 誰も彼もが己を褒め称えるべきだと真顔で言うような奴だった。

 アレの親は生きている間は奴の妄想の尻拭いだ。

 何を勘違いしたんだか、事業をするといっては借金だけが増えていく。

 典型的な屑だったな。

 まぁ屑に馬鹿をやらせる蝿と壁蝨がいたんだからどうしようもねぇ」


 普通の使用人はいなくなった。

 真っ当な給金も支払われず暴言暴行に晒されてはたまらない。

 妾と奴隷が差配をし、領兵など農民に槍を持たせる始末だった。


「皆、行き場の無い者達だった。

 使用人は奴隷だった。

 妾達も奴隷みたいなもんだった。

 餓鬼共もな、同じだ。

 一番下にあって、皆、飢えていた。

 領民でさえ、農奴と奴隷。

 それも借金の形に出稼ぎに出されるんだ。

 中央王国には奴隷はいない?

 借金奴隷と犯罪奴隷はいるんだ。

 餓死したくなくて奴隷になる奴もな。

 もう、止めようぜ、こんな話はよ」


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