第781話 孤独の岸辺(下)④
どうやって生き抜いてきたんですか?
「大した話じゃねぇし、胸糞悪い事をわざわざ聞くのか?」
家族を知らない私を慮っているのだろう。
促すと、少し言葉を選ぶ様子があった。
「虐待なんざ日常茶飯事だ。
子どもの扱いは家畜より下だった。
言葉の前に殴られる。
出来上がるのは貧民窟のガキと同じだ。
痩せこけ怯えた、教育もない、どこの未開の野蛮人かという具合だ。
いや、未開の地の人間や動物だって、もっと愛情が与えられるものだろう」
そういうが、この人はきちんと真っ当な人間というものを知っているし、今ではこうして人と会話をし相手を思いやれている。
この場にたどり着くまでの長い道のりは、さぞや苦難であったろう。
「勘違いするなよ。俺は適当になんとか生きてきた。
苦労自慢なんざしたくねぇし、本当の苦労ってのはしてねぇんんだよ。
俺の本当の出自は誰も彼もが言わねぇだけでわかっていた。
俺が誰の子供か知ってりゃぁ本気で何かをしようなんて奴はいないって事だ。
本当の意味で俺を殺したいと思ってるのはアレ、父親だけだった。
つまり俺は自由だった。」
カーンは狩りを日常とし、食料をかき集めては運んだ。
だが見つかれば、大人たちに掠め取られる。
子ども同士の諍いも多いが、一番体が強く大きな彼が、下の子供を食わせてやろうとした。
だが、それも徒労に終わった。
「とうとう金が尽きた馬鹿が、借金取りに追い詰められた。
土地を売り、家財を売り、妾を売り、奴隷を売り。
それでも足りねぇってな、ガキも売られた。
ただな、それでもあの男は懲りなかった。
俺の嘘つき嫌いはよ、あの男が元だ。
性根の腐った屑の口から出る戯言なんざ、早く塞いじまえばよかったんだよな」
カーンは、本当の父親の血筋故に売ることが叶わなかった。
次の金策をと考えた事は、呆れる事に金を絞る相手を見繕う事だった。
獲物は小金をもった未亡人だ。
その女性には幼い息子がいた。
人懐っこい子供で、少し気が弱い。
カーンより二つ下の子供だった。
「女の金が尽きるまで、搾り取りやがった」
どうしてそんな事ができたんです?
「あぁ、そうだよな。
不思議に思うだろうよ、当然だ。
アレの唯一の取り柄はな、あの公爵並の面をした男だったんだよ。
顔だけはよくてな、金を持ってる相手なら媚びへつらうのも上手だった。
なにしろロッドベインの伯父にあたる。
ニルダヌスの義理の息子のベインだ。
あの家系は顔だけはいいんだが、ここがイカれてるんだ。」
自分の頭を指差すと、カーンは顔を歪めた。
「相手の事なんて欠片も考えちゃぁいねぇ。
自分勝手でな、おまけに自分は上等な人間だ、間違ってねぇって信じてる。
本当は自分の事も信じられねぇ小物のクセによ。
女子供を塵のように扱う。
俺はよ、力も体力もある男がよ、堂々と嘘ついて女にタカるってのが一番許せねぇんだよ。
自分より弱い奴にだけ物申すような奴ってのがよ、心底嫌いなんだ。
まぁこんな風に愚痴を言っちまうのも、恥ずかしいがよ」
その女性のお金が尽きて、その後は?
「女の援助は相当なものだった。
普通なら生きていくなら困らねぇ財産だ。
それを食いつぶした挙げ句に、又も借金まみれだ。
信じられねぇだろ?
借金つくる才能は、面構えよりもあったんだぜ。」
そう言うとカーンは不意に、おかしそうに笑った。
皮肉げではない、普通の笑いだ。
「だがな、この時の借金の相手がぁまずかった。
当時は誰もアレに金なんぞ貸し付ける訳が無い。
返さねぇもんを何で貸す?
じゃぁ返せねぇ馬鹿に貸す相手ってのは、どういう奴だと思う?」
怖い人ですよね。
「その通りだ。
人間とは思えねぇ地獄の使者みてぇな奴から金を借りたんだ。
俺だって絶対に金なんぞ借りたくない相手だ。
どんだけ血迷ってるかわかるってもんだ。
で、続きを知りたいか?
だいたい想像できるだろ、後は血の雨が降るだけだぜ。」
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