第782話 孤独の岸辺(下)⑤

 その未亡人のお子さんの事も気になります。


 カーンは椅子に座りなおし、伸びをした。


「ひとつ断っておくが、俺の話は極端な例だ。

 南に地獄のような暮らしがあるなんて、思うんじゃねぇよ。

 人間が十人いたら、そのうちの一人や二人、はぐれちまうって事だ。

 だが、残りの半分以上は、真っ当で他人の不幸を見過ごさねぇ奴がちゃんといる。

 で、そうだな。

 馬鹿が金を借りたのは、向こうでも悪名高い金貸しだった。

 学のねぇガキ達でさぇおっかねぇって思う相手だった。

 金が返せねぇなら、貴族の利権を丸ごと寄越せ。

 それでも足りねぇなら、血族を売れ。

 売り払った後なら、てめぇをバラして売るしかねぇなって具合だ。

 貴族だからって容赦はしねぇ業突く張りだ。

 貸した分と利息を回収するまで絶対に許さねぇし、できねぇなら見せしめにする。

 そりゃもう娯楽のひとつとして、人を集めて楽しむだろう。」


 傍らの男を見上げる。

 彼はおどけたような顔をした。


「チヤホヤされて生きてきたツケが一気に押し寄せた訳だ。

 自分の家族を売り払ったくせに、己の番になったら心底震え上がった。

 俺をも売るか、それとも俺の血筋から金を無心するか。

 奴は当然考えた。

 俺を生かしていた理由でもある。

 だが金貸しは、それを許さなかった。」


 どうしてです?

 お金を回収するなら、手段は問わないはずでは?


「俺の母親は頭が悪い女だったが、血筋はぴかいちだった。

 そして俺の本当の父親もだ。

 つまり貴族として金を持ってて、たくさんの寄り子を抱えている。

 南部の大物金貸しにとっては、大口の取引先だ。」


 罠ですか。


「お前でも分かる話なのになぁ。

 真相は知らん。

 だが、屑がいい加減邪魔になった誰かの差し金だったのかもしれん。」


 その、働いて返す事は駄目だったのでしょうか?


「そもそもアレは働く意味がわからなかった。

 働くってのは椅子に座って命令する事。

 自分は何も考えず、成果と報酬を捧げられる事が役割だ。

 冗談キツイよなぁ、頭が狂ってるって話だな。

 けれど世間や他人様から見ればだ、外見も言動も狂人とにおわせるボロを出さなかった。

 つまり外面の演技、嘘がうまいんだ。

 己は不幸で不遇で世間や時節の為に苦しんでるってな。

 俺のような子供を抱えさせられた。

 死んだ妻の氏族から迫害されている。

 己の親も親族も売り飛ばした女たちも、すべては自分を不幸にした恩知らずだ。

 毎日、こんな御託を嘘を本気で怒鳴り散らすんだぜ。

 呆れる?

 違うね。

 学んだんだ。

 俺はガキだった。

 頭の悪いガキだった。

 時間がかかっちまったが、嘘つきを見てやっとな、分かったんだ。

 嘘つきはな、業病だ。

 治療方法がねぇんだ。

 そもそも本当に幸せになんかなりたくねぇんだよ。

 不幸で可哀想じゃねぇと困るんだよ。

 嘘で真実が隠せなくなっちまうからよ。

 ならよ、本人も言ってるんだ、もっともっと不幸にしてやらねぇとな。

 俺が原因だって言うなら、その通りにしてやらねぇとな。

 この頃になって、やっと分かった。

 色々手遅れだったがよ」


 旦那、ごめん。


「いや、ちょっとばかり昔を思い出してムカついちまった。

 俺も大人気なかったな。

 はぁ、そう、続きな。

 首が回らなくなった奴は、新しい獲物を探す繋ぎに、毮っていた相手を売ることにしたんだ。

 気の良い未亡人と子供をな。」

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