第92話 再現 ②

 男の首を落とした石の祭壇。

 そこには、三人の女が並ぶ。

 私を含め、場違いな花嫁衣装を着た姿だ。

 その顔は面紗に隠され、誰が誰かもわからない。

 私の面紗は目の部分が薄く、まわりをよく見て取る事ができた。

 相変わらず押さえつけられたように、体は動かない。

 広場の崩落、宮の力によって人が飛ばされ落とされた時。

 あの時間に戻されたかのようだ。

 だがあの時、広場にいた人々はいない。

 一番の違いは、わらべのように笑う死霊術師だ。

 虚ろな表情は無く、きらきらと輝く瞳は無邪気だ。

 無邪気で残酷な子供ようで、数段恐ろしく見える。

 その考えが伝わったかのように、死霊術師は口を開いた。


「物語の英雄には、試練がつきものだよね」


 楽しそうに、とりだした本の頁をめくる。


「幸運を与えられて、試練に打ち勝つ。

 けれど人間の国に戻ったら、英雄は死ぬんだ。

 仲間や家族に裏切られてね。

 だったら最初から戻らなければ良いし、救わなければ良い。

 そう思うんだ。」


 そう言うと、彼はにっこりと笑った。

 ディーター・ボルネフェルト公爵。

 魔の物が語る、グリモアに喰われた少年なのか?


「知ってる?

 ことわりは見えない小さな天秤てんびんなんだよ。

 この天秤で、人の明日が決まる。

 だからね、おもりである供物は大切にしなきゃ駄目なんだ。

 供物を盗んだり殺したり、嘘をついて困らせちゃ駄目なんだよ。

 だからもしも、供物を得たら。

 好む好まざるに関わらず、苦行が与えられるんだ。

 英雄と同じだね。

 だって供物は、神様のものだ。

 与えられた幸運を、ただで享受するなんて絶対駄目だ。

 ちゃんとお代は払わないと。

 でもさ、そもそもつらい目に合う前に、死んじゃえば良いと思わない?

 この僕の首を欲しがったって無駄だしね」


「見つけたぞ、国賊こくぞくが」


 カーンの言葉に、死霊術師は軽く肩をすくめた。


「嘘でも恭順していない野蛮人に言われたくないね」


 少年らしさは消えて、あの死霊術師の声に変わる。

 聞いただけでは、区別できないだろう。


「こっちも狂人の戯言に付き合う気はない。死んで償え」


 それに死霊術師は首を傾げた。


「飼い主に、骨を咥えてもどらないと叱られるのかい?」


 剣を抜き放つ音がした。

 私の視界には、死霊術師の長衣ながごろもしか見えない。

 その長衣から、たくさんの囁きが聞こえた。

 呪文だろう。

 だが、あの禍々しさは無い。

 目をこらすと文字が踊っているが、血風も赤い文字もなかった。

 代わりに、美しい花の紋様のような輪が生まれ、同じ赤みがかった文字でも、紅色の帯が術者の体を巡った。


 すると花嫁たちの胸が動く。

 深々と息を吸い込み、仮初の鼓動を刻む。

 私も同じく、この場所に満ちるモノを吸い込んだ。

 すると辛うじて身動きできるようになった。

 身を起こすには怠く、震える息を吐いた。

 そしてカーンを見ようと首だけを動かした。

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