第93話 再現 ③
剣を構える男。
クルリと手首を返す、見覚えのある動き。
そうして斬撃をいつでも繰り出せるように構えていた。
そもそも、これは何なのだろう?
異形の言葉も智者の鏡の助言も、どこか何かが欠けていた。
嘘ではないが真実でもない。
そんなふうに聞こえる。
また、私がそれを疑問に思うことも織り込み済み。
何もかもが、もやもやとしてはっきりしない。
だって、私は選んだ。
受け取ってもらえなかったけれど、選んだ。
やり直しの勝負?
そもそもの提案が変だ。
誰も勝たないし、勝てない。
カーンは、死霊術師を殺しても、何も手に入らない。
失うだけ。
死霊術師が、カーンを殺しても同じ。
これは何の試練?
これは誰が試されている?
異形の言葉が思い出せない。
霞がかかったように、頭がまわらない。
考えなくちゃ。
大切なのは、カーンが宮から生きて帰る事。
帰るって言わせないと。
そうだ、忘れて。
考えて、考えろ。
リン
紅色の円環が広場に広がる。
敷石は呼応するように輝き、緑や黄色を散らす。
カーンが踏み込むと、その円から見えない刃が奔った。
それを幾度も武人の感で弾く。
少しずつ、相対する二人の距離が狭まっていった。
リン
その剣域に死霊術師を捉えようとした時、足元に新たな呪陣が描かれる。
ボルネフェルトの呼びかけに答え、奇妙な姿が現れた。
するりとその身を、カーンの前に晒す。
剣は、異形の化け物と噛み合った。
鈍い音が響く。
蟲の頭部に人の体。
嘗ての石の都の住人だ。
彫像と異なるのは、変わった防具に、手が四本ある事だろうか。
生きて動く異形の姿は、禍々しく恐ろしい。
今の世にあってはならぬ姿に見えた。
その四本の手には、研ぎ澄まされた曲刀が握られている。
滑らかな動きで、その刀が素早く動き始めた。
恐ろしい削り合いだ。
躊躇いのない刃物の動きは、相手を粉砕するべく風を斬る。
側に寄らずとも見ているだけで背筋が冷えた。
目に見えるのは、火花と色とりどりの呪文の流れだけ。
死霊術師は笑い、カーンが戦う姿を見物する。
「まだ余裕だね。じゃぁもう少し、満足いただけるように饗そうか」
死霊術師が片手を振ると、するりするりと足元から化け物が追加される。
同じく四本手の蟲頭だ。
押される。
カーンは半盾を巧みに使い、距離をとり動きながら相手をする。
だが、相対する異形の手数は倍どころではない。
駄目、殺さないで。
これだけは確かな事。
(グリモアの主は誰だ?)
何の話だ?
グリモアという魔導の書は、宮の主の手に戻った。
(あの幻は、グリモアを手にしている。
グリモアの主は、誰だ?)
よくわからない。
それよりも、カーンが殺されてしまう。
リン
(グリモアの主は、いない。
手にしていた魂は戻された。
今見ているのは、幻である。
オリヴィア、今一度、言おう。
選ぶ必要は無い)
え?
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