第94話 再現 ④

 試されているのは、私?


 ガツンっと音がした。

 カーンが異形を倒し跳ね飛ばしたのだ。

 相変わらずの手並みで、残り二体の頭部が跳ぶ。

 いずれの化け物も、光りとなり消えていった。


「さすがだね、第八の団長様は軍団一の剣の使い手と言われるだけあるね。すごいすごい。」

「褒めても何もでねぇぜ、ちなみに今は団長補佐だ」

「降格人事で塵掃除とは、休暇でもとったらどうだい?」

「塵って自覚あるのかよ。まぁ土産の首が刈れたらな」


 それにボルネフェルトは、やれやれと首を振る。


「なら、贈り物をあげようかな」


 横たわる身から、力が吸い上げられる。

 もやもやとした白い霧が湧き上がると、カーンの前に形を成した。

 白い霧は、人の形に。

 黒髪の美しい女だ。

 薄物を纏った女の怪異。

 美しい角と翼、尖った爪に赤い瞳。

 昔話の、夜魔に見える。

 可愛らしい笑い声が溢れる口元から、真っ白な牙が見えた。

 伸ばされた剣を難なく潜り抜けると、男の胸に片手をつく。

 ガクリっとカーンの動きが止まった。

 振り上げた腕のまま、彼はらしくもなくよろけた。


「楽しい夢を見ながら、死ね」


 死霊術師は頁を繰る。


 先程の蟲頭より夜魔は素早い。

 剣の振りをすり抜けると、からかうように男に手を置く。

 すると痺れるのか、一瞬、カーンの動きが止まる。

 止まれば夜魔は、するどい爪で肉を抉った。

 だが幾度も襲われる前に、カーンは痺れを克服。

 気合を身にまとうと、一気呵成の勢いで夜魔を斬りふせる。

 しかし両断されても終わらない。

 夜魔は、幾万の黒い蝿の姿になり、再び同じ姿になった。

 そうして笑いながら男にしがみつき首を締めあげる。

 大きな男にしがみつき、哄笑しながら首を掴み続けた。

 姿は美しいが、その力と有様は、醜く恐ろしい。

 そんな争いも、数度斬りつけると夜魔は力尽きる。

 その度に死霊術師は、私と横たわる者から何かを吸い上げて、夜魔を造った。

 吸われる度に、体が冷えていく。

 目を凝らすと、自分の胸の上に小さな円が浮いているのが見えた。

 色は黒より少し薄い藍色の円だ。

 それは三重になり、一番外側が右回り、一番内側が左回りをしていた。

 回る度に明滅し、真ん中の円が、私の体から白い靄を吸い上げていく。

 吸い上げられると、力が抜け全てが遠くなった。

 心が萎えていく。

 でも、これでは駄目だ。

 何が駄目なのか、だんだんわからなくなる。

 悲しい気持ちも寂しい気持ちも、怖いという気持ちも、わからなくなって。


 リン


 リンリンリン


 鈴の音がして、誰かの咆哮が聞こえた。

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