第95話 幕間 後悔はしない
押し寄せる圧力が、一瞬だけ薄れた。
その隙きをついて、カーンは化け物を斬る。
ここまでは、同じだ。
そのまま黒い蝿を突き抜けると、横たわる体に剣を振り下ろす。
ゾブリと刃物が沈む感触。
醜い絶叫。
祭壇の体は見る間に朽ちる。
すると背後から、再び化け物がしがみついてきた。
身に触れると体が痺れ、頭の中身も塵屑になる。
注意力も散漫になり、判断力が落ちている自覚も消えていく。
ただ、殺せ殺せと、しきりに自分の声がする。
殺せ殺せ、殺せ?
違う、何だ、違う、殺せ、違う。
もっと大切な事があったはずだ。
探さないといけないことがあったはずだ。
間違いを認めないといけないことが、あったはずだ。
殺せ、違う、殺せ、殺せ、殺すんだよ。
いつもそうして、きただろう?
彼は、乱暴に振り払う。
妖魅ともども振り払った。
拘束力は思うより弱い。
次に、中央に据えられた生贄の腹に、剣を振り下ろす。
生者とは思えぬ腐敗臭。
やはり見る間に朽ちた。
背後の気配が消える。
振り返ると、化け物が微笑んでいた。
そうして女の妖魅は笑い両手を下ろす。
殺せ、殺せ、いつもどおりだ。
剣を握り、化け物の動きを見る。
だが、妖魅は動かず笑っていた。
鈍い頭の働きに、彼は頭を振る。
これを始末せねば、あの狂人に手が出せない。
違う、確かめなければならない。
何を?
何だ?
殺せ、殺せ、違う、殺せ、ほら、隙きができるぞ。
再び、組み敷かれる前に、最後の一体に剣を振り下ろす。
すると、剣が何か硬いものに触れた。
骨か?
最後の体は朽ちなかった。
微かな、何か壊れる音がして、小さなうめき声が耳に届く。
すると、背後の化け物が絶叫した。
剣を引き抜き、初めて真っ赤な血を見る。
血だ。
血、だ?
花嫁衣装が赤く赤く染まっていく。
それに頓着せずに、そのまま剣を背後に振る。
今度こそ、化け物は両断され消えた。
愚か者
何故か、化け物は告げ消えた。
振り返る。
ボルネフェルトも、相変わらず笑っている。
剣を向け構え。
荒れ狂う光りの帯も、今になると平気だ。
不思議と体力は漲り、疲労も無い。
こいつを始末したら、小僧を探す。
カーンはあの子供を思い、気を落ちつけた。
真面目くさった子供は、生意気だが、今度こそ連れ帰ってやるのだ。
たまには人間らしい振る舞いも吝かではない。
特に、あの子供は奇妙で風変わり、喋り会話すると子供の頃を思い出した。
飢えてひもじかったが、毎日毎日、疲れるまで遊んだ子供の頃を。
だから特別に..許して
リン
リンリンリン
「..思ったとおりだね」
ボルネフェルトは、本を閉じた。
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