第96話 幕間 後悔はしない ②

 その身の回りから光りが消える。

 本来なら、その隙きに剣先を叩き込むところだ。

 だが、男の顔に笑いがないのを認めると、カーンは躊躇った。

 本能が危険を告げる。

 身構えたままでいると、死霊術師は祭壇に近寄った。


「人間だとわかっていて殺したね」


 黙していると、不愉快そうに相手は続けた。


「躊躇わなかったね、君は。

 これが生きているかも、罪人か只の被害者かも確かめなかったね」


 横たわるモノを指している事に、やっとカーンは気づいた。

 確かめる?

 俺は?


「宮の呪いにかかった憐れな男。

 けれど呪いの所為じゃない。

 それがお前の本性なのさ。」


「お前の力を増幅する燃料だろう、腐った死体を始末しただけだ」


 おかしいと、何処かで警鐘が鳴り続ける。


「確かにね。

 一つ消せば吸精鬼の力は弱まるだろうね。

 でもね、何で確かめなかったんだい?

 僕はね、ちゃんと腐ってる女から選ばせたよ。」


 死霊術師は、手前の女の面紗をとった。


「1つ目のこの女は、ディーターの母親だね。

 とっても強欲な女でね、自分の夫や夫の一族に毒を食わせた張本人だ。

 僕も嫌いだから、時々、いろんな実験に使ってるんだ」


 干からびた遺骸だが、生々しくまだ動き出しそうだった。


「2つ目のこの女は、ディーターの義理の姉だね。

 この女も輪をかけて強欲な女だったね。

 大理石の床に叩きつけられたのが死因だったけど、今回の刺殺は楽しんでいただけたかなぁ」


 これもまた、干物のようだ。

 だが、死霊術師が触れると塵になる。

 他人事のように話す男は、残った塵を風に飛ばした。


「ねぇ、何故、この子を殺したの?」


 朽ちずに残る花嫁を指さして、死霊術師は首を傾げた。


「あの時、僕の吸精鬼は、攻撃を止めていたよ。」

けしかけた者がぬけぬけと何を言っている」


 カーンは、剣を握り直すと改めて踏み出した。


「君は、殺し過ぎだよ。」


 言うに事をかいて、狂人の人殺しには言われたくない。


「まぁ正義だ愛だといって人を殺すよりは、ましなのかな。

 君は、どう思う?」


 供物のお嬢さん?


 そう言ってボルネフェルトは、花嫁の面紗をめくった。


 白い面紗の下から、見覚えのある顔が見えた。

 小さな白い顔は静かで青白く、今まで見た死体の中では、群をぬいて綺麗なものだった。

 苦悶もなく、醜い憎悪の痕もなく。

 寂しい悲しい子供の顔だ。

 その顔から、思わず目をそらした。


 いつもの事だと、カーンは思いこもうとした。


 親兄弟だろうと、立ちふさがる者は殺す。

 そうして生きてきた。

 何を後悔するものか。


 剣を握る。

 子供が見せた最後の挨拶。

 扉に消えた背中。


 後悔など。


 怒りだ。

 怒りだけに身を浸すのだ。

 疑問をもってはいけない。


 リン


 たが、本当はわかっている。

 愚か者は自分だと。


 リン


 カーンの腕から力が抜ける。

 彼はもう一度、子供の顔を見た。


「女、だったのか」


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