第97話 幕間 後悔はしない ③

 腑抜けた言葉に、ボルネフェルトは不思議そうに返した。


「知らなかったのかい?

 純粋な森の民は、君と同じく長命で、大人になるまで時間がかかる。

 彼女は君より大人だよ。

 すくなくとも心はずっと大人だね」


 死霊術師が子供に触れると、花嫁衣装は消えて狩人の装いに戻る。


「森の民は、昔から禁域の側で暮らしてきたんだ。

 人を守って生きてきた。

 供物になって、人の代わりに罪を償ってきたのさ。

 でも、かわいそうだよね。

 彼女は自分の運命も知らない子供だよ。

 まぁ彼女を殺したのは君だけどね」


 ねぇ、恩人を殺して、今、どんな気持ち?

 ねぇ、子供を殺して、今、どんな気持ち?

 ねぇ、ご立派な騎士の、ご立派な言い訳を聞かせてよ。


「お前がこれを囚えたのか」


「言い訳はしないのかい?

 まぁいいや。

 彼女は君の身代わりになったんだよ。

 見ただろう?

 この子がここに残れば、選ばれた君は帰れる。

 だから、彼女は残った。」

「身代わりになれなど命じていない」

「命じる?

 馬鹿だね、だから人間は嫌いなんだよ。

 森の民は、君たちより古い血筋だ。

 人の王より高貴な種族さ。

 お前のようなごみは、面をあげることさえ許されない」

「貴様は誰だ」

「やっと気がついたか下郎げろうめ。

 少なくともお前が知る男ではない。

 まぁお前の知る男でもあるがな。

 さぁ首を刈るのかい?

 子供は殺せたんだろう。さぁ、この首を刈るがいい」


 馬鹿にしたように、自分の首を叩く男に力抜ける。

 カーンは、剣を下ろした。


「さぁ今、何を思った?」


 問われて、カーンは答えられなかった。


「へぇ君のような人間でも、後悔はするんだねぇ」


 後悔も何も、砂に足をとられたように、全てが面倒なだけだ。


「ボルネフェルトは何処にいる」

「眼の前にいるじゃないか」


 それにカーンは、何とか剣を握り直すと構えた。


「そうそうご立派ご立派、そうやって何も考えずに生きれば楽だろう。

 生きているつもりで死んでしまえば、楽だ。」

「黙れ」

「この娘を殺した。

 無理やり禁域に案内させて」

「煩い」

「お前は助けられたのに、恩を仇で返した。

 それもお前自身の手で殺した。

 助けられたかも知れないのにね」

「謀ったのはお前だ」

「帰り道を教えてくれたのにね。

 やっぱり人殺しが好きなんだね」

「やめろ」

「救おうとした者を自ら殺した。

 お前は結局、誰も救えない。

 お前は、ただの人殺しだ。

 お前は、あの育ての親にそっくりの、子供を殺すような屑だ」


 剣を振り上げる。

 殺してしまえ。

 この無駄な口を塞ぐのだ。

 と、カーンの頭の中に呪詛がなだれ込む。

 殺せと喚くのは、己自身か否か。

 混乱に呑まれて、彼は剣を振り上げた。

 無防備に立つ死霊術師の頭に向けて、剣を振る。

 何故か薄笑いを浮かべる死霊術師の顔が目の前だ。


「愚か者め、当然の報いだ。

 怪異となりて、ここで永遠に苦しむがいい」


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