第819話 挿話 陽がのぼるまで(下)

 恐怖が過ぎ去り、夜があける。

 目覚めて感じるのは、怒りと無気力。

 光りはなくて、行き止まりの化け物が溜まった広場のように腐り果て。

 辛くて暗くて、何もかも手が届かずもどかしい。

 今日も明日も、何も見えない。

 無理って思う。

 辛いなぁって思う。

 軽々と楽しみを見つけ、人に囲まれて生きていく人にはなれない。

 何をしても無駄。

 辛い予想ばかり思い浮かぶ。


 何を支えに生きていけばいいの?


 独り立ちして家族を養うのが目標だった。

 お祖父ちゃんにも母さんにも内緒だったけど。

 二人に良い暮らしをさせたいと思っていた。

 便利な王都でもいいし、温暖な気候の良い土地に暮らせればって思った。

 獣人が少ない地域なら、二人も普通に暮らせるんじゃないかって。

 それか仕送りしようって。

 小さなお家を借りてもいいって思ってた。

 たくさん働いて、友達を作って、それで。


 夢を見ている時は、心が痛くなかった。

 でも、夢が壊れると、心が何も感じなくなった。


 自己憐憫は贅沢よね。

 死んだ人からすれば、生きている事は贅沢な話。

 皆が恨むのも当然だ。

 行き暮れて悩む、恵まれた私。

 辛いと思う日々でも、死んだ人からすれば贅沢なのだ。


 ではどうしたら、生きていけるかしら?

 絶望し無気力にならずに、生きていくにはどうしたらいいの?

 考えないこと?

 でも、考えないでいた結果、後悔したのだ。

 逃げて忘れたから、こんなに苦しいのだ。

 ひとりぼっちは当然の事だ。


 ***


 宿泊所の寝台に腰掛けて、ぼんやりと窓の外を見る。

 冬の終わりの雷が、ずっと鳴り響いていた。

 オリヴィアも猫もいない。

 お祖父ちゃんは、きっと牢屋だ。

 母さんのお墓はどうしよう。

 現実的な事を考える。

 これからどうなる?

 あの男が言う労働奉仕だろうか?

 砂漠かな。

 多分、砂漠。

 軍の施設で一番辛いっていったら、西の砂漠だろう。

 まぁ暑さには強いし、見た目より私は頑丈だ。

 お祖父ちゃんが神殿の方へ身を寄せろというけれど、それは相手方に迷惑な話だ。

 巫女になれる資質もないのは、もうわかっているしね。

 神殿の下働きになってまで自由を望んでもいない。

 私は家族を捨てない。

 例え罪人の子と呼ばれようとも、私はビミーネン・フィリア・ホール・ベイン・バーレイなのだ。

 長い名前よね。

 身分の無い平民にしては、大層な名前である。

 けれど、これにも理由がある。


 お祖母ちゃんは人族で長命種、つまり古い血筋の貴族だ。

 他人種と結婚し貴族籍をぬけたのだが、その孫である私は、氏族末端を名乗る事を許されている。

 爵位はないけど親類だよって事。

 だから、ビミーネン・フィリア・ホールと名乗ればいいとお祖父ちゃんは考えているのだ。


 神殿に届けられている元々の名から、ベインとバーレイを削ってしまえって事。


 そうすれば、少なくとも私がお祖父ちゃんの血筋でお父さんの子である事は隠せるし、縁を切ってしまって、お祖母ちゃんの氏族を頼れば生きるのが楽になると考えているのだ。

 私の見た目もお祖母ちゃんにそっくりらしいし、獣面も辛うじて耳が人族とは違うだけなのもある。

 見知らぬ人々、見知らぬ土地でやり直せという事だ。

 確かにできるだろう。

 けれど、今となってはその選択は、私には無意味だ。

 逃げる、忘れる、この二つの選択は、死にたくなるほどの後悔と無気力を私に与えるのだ。

 私は他人に罵られようと、辛い辛いと弱音を吐こうと、私の家族を捨てる事はできないのだ。

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