第818話 挿話 陽がのぼるまで(中)⑨
「だから感謝して罵倒されて生きろというの?
いいわ、それでいいわよ。
それなら余計に、本当の事を知るぐらいいいじゃない。
もっと惨めにしたいんでしょう?」
「くだらん。
お前が求める答えは無い。
お前が望む答えか」
「違うわ。
本当はどうなのか知りたいのよ。
疫病は本当はどこから来たの?
打ち捨てた死体からというけれど、未知の病気だった。
薬は作れたの?
そもそもわからない事だらけだわ」
「過程は何であれ、結果は変わらない。
発端の人間と犠牲者は同じだ。」
「私だってわかる話よ。
疫病の原因も、反乱の始まりと終わりも、あの恐ろしい日々に、筋だった説明が無いの。
父さんは処刑された。
それに従っていたはずの人々の殆どが捕まる前に死んでいる。
捕縛された者は少数で処刑済み。
確かな反乱の記録は失われている。
それとも本当はあるの?
世間に公表していないだけ?
砦が火の海になって、その後、鎮圧するのに水没させたって言ったけど、誰かが全てを隠すためだったって言う人も多いわ。」
彼は呆れたように片手を振った。
「誰が世迷い言を吹き込んだ?」
「罪人の子への教育はされたわ。
家族の罪状も教えられた。
貴方が思うより、幾度も幾度もよ。
私がお情けで生かされている事も繰り返し教えてもらったわ。
ふざけた事を言う度に、殴られもしたわ。
私は正しいとされる事を、鞭を打たれながら教えられたわ。」
「..虐待を受けていたと?」
「受けないと何故思うの?
貴方だって言ったでしょう、私が子供であろうと逃れ生き延びただけで許されない。
労働奉仕で移動するようになったのは、共同体から注意が入ったからよ。
これからは、どうなるか」
「少なくとも今後は中央の人間か、我らの手勢だ」
「そうね、さぞや安心でしょうね」
無言。
皮肉で返すなんて、馬鹿だった。
助けてもらったばかりなのに。
そうよ、言っておかなきゃ。
「..今日、あの化け物が、私を知っているって言ったの」
「何を言っている?」
「喰いはぐれたから、今度こそ食べてやるって」
「嘘に付き合う気はない、出ていけ」
怒鳴られて、体が震えた。
わかってる、この人だって家族が死んだのだ。
私が死ねば良いと思ってる。
もういいよね。
今日のできごとを伝えられたし。
お礼は言えないしね。
お祖父ちゃんと私を助けてくれてありがとうって。
感謝は怒りを買うだけだ。
ふと、気にかかった事を思い出す。
それを最後に聞いた。
「私は子供だったから、お祖父ちゃんは憎まれ役として、じゃぁ母さんは何の為に生かされていたの?」
それに男は表情を変えず動きを止めた。
「母さんの体から、あの根に似た奴が弾けた。
私の体からも出るの?」
「出ない」
「あれは何?」
男は背を向けると器具に顔を戻した。
その姿に拒絶を感じ、私は戻る事にした。
「確かに、辻褄のあわない事、不明な事々が多すぎる」
呟きが背にかかり、私は振り返った。
「真実とやらが、お前を更に苦しめる事になってもいいのか?」
私が頷くと、男は言った。
何かわかったら教える、と。
寝床に戻ると猫が胸にのぼってきた。
よかった、オリヴィアはよく寝ている。
少し口を開いて平和な寝顔だ。
疲れているのだろう、また痩せて心配。
(ニョニョ、ニィニィ)
猫が何か喋ってる、こちらも平和な顔ね。
ため息とともに力が抜ける。
泣いている私に気がついてなのか、喉を鳴らしては尻尾が撫でていく。
教会に戻ったら猫を飼いたい。
もう、飼うのを止める母さんはいない。
教会に戻ったら、忙しいわ。
そう、母さんを探さなきゃ。
一度戻ってお祖父ちゃんの着替えを揃えたい。
それから巫女様に..
色々な考えが頭をよぎって、なかなか眠れなかった。
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