第426話 波路 ②

 教会に続く上り坂、町中の道を見る。

 赤銅色の肌に厳つい顔。

 獅子のような蓬髪は、色褪せた灰色だ。

 先祖返りであるが、顎髭がもみあげへと続く人型に近い顔形をしている。

 角ばった顔に瞳は黒々としており、近づけば瞳には金環がとりまく。

 少し語尾を伸ばした喋りで、遠くから挨拶をしてきた。

 割れた地声は酒と塩水の所為だろうか。

 これで片目に眼帯でもしていれば、子供が想像する海賊ができあがる。

 分厚い肩に長めの両手、少し前屈みの歩き方。

 船員独特のゆっくりとした歩幅で歩いてくる。


「いんやぁ、お嬢ちゃん。巫女様のぉお支度はぁええかなぁ?

 迎えに来たとぉ中の人にお伝え願えるかね」


 と、大きな声が響き渡る。

 本人は普通の声量と思っていそうだ。

 おかげで別段取り繋がなくても、中からニルダヌスが顔を出した。


「馬車はこちらでも用意しますがぁ、どうしますかね?」


 門扉越しの問いかけに、ニルダヌスが答えた。


「こちらも馬車を出します。

 帰りは別になるかもしれませんから。

 巫女様はどちらにしますか?」


 続いて中から出てきたクリシィへと問う。


「そうですねぇ、今日のご奉仕の方が来ないと何とも」

「奉仕ですかい?」

「いつも城からの手配で来ていただいていますの」

「まさか今の八の八から護衛ですかい?」

「違いますよ。そちらに連絡は?」

「いや、儂らからは、砦に顔出すのは控えてますんでね。ってまさか、直接、手伝いを?」


 商会員は首を傾げた。


「えぇ、あぁ。いらしたようですわね。

 これで何があっても大丈夫でしょう。」


 城からの道を、ひときわ大きな軍馬が降りてくるのが見えた。

 蹄鉄に朝陽が鈍く光っている。


がご奉仕ですかい?」


 ひきつる男の声に、私も内心同意する。

 その姿は、これからどこぞの村を焼きに行くように見えた。

 重武装とまではいかないが、相変わらず物々しく禍々しい。


「今日は、この子に海をと思いましてね。

 北の子ですからね、海は初めてでしょう。

 少しでも安全にと思いまして、お願いしたのです。」

「余計な話ですが、誰に願いだてを?」

「もちろん、タニア様にですわ」

「でしょうね、あの..」


 と、何故か商会員は顔をしかめ、モゴモゴと何事か呟いている。


(たいした話じゃないよ。

 彼らは公王の下僕であり、中央軍の偽装海兵だ。

 腰抜けの将校が嫌いなだけだよ。

 よくわからない?

 う〜ん、この海兵は中央軍の叩き上げだ。

 嘘つきの無能、仲間を売るような奴には絶対に従いたくない。

 その無能な将校が、また、嫌がらせをしやがったと思ったのさ。

 ただし怒りより呆れ、嫌がらせをする相手を間違えているなぁ。

 死にたいのかなぁってところかな)


 少し想像して、ちょっと妙な答えに至る。


(色々な背景を知らないと理解できない事だよ。

 僕は軍にいたからね。

 おまけに原因の元を作った張本人。

 だから、お話はここまでさ。

 ともかく、城塞の巫女の護衛に、戦で大将をはる人物を寄越すのは、その当人への嫌がらせって思われてもおかしくないのさ。

 こちらへの嫌がらせじゃなくてね。

 もちろん、護衛任務は嫌がらせにならないけどね。)


「本日は、よろしくお願い致しますね」


 クリシィの言葉に、馬上から降りた男は頷き、商会員は腰を折った。


「皆様方、本日はモンデリー商会、ウォルトがご案内いたします。

 どうぞよしなに。」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る