第425話 波路
次の日、暗いうちからビミンと母親は弁当を拵えた。
私とクリシィも、教会に寄付された品々を調べ、遭難者に必要だと思う品々を選び馬車に積んだ。
寄付も、普段なら必要無いと思われる品ばかりだが、こうして何事かあれば、どれも使い道があった。
何もかも失って苦しむ者には、古びた物でもありがたいと思う。
下で分けるようになると考えて、袋や箱なども用意した。
それから何時ものように朝の鐘を鳴らす。
尖塔は、教会の表の門から向かって右手にある。
建物としてはすべて続いているので、自室から廊下を渡り、あの神官の小部屋を過ぎて階段を登る。
階段といっても緩やかで、私の足でも杖をつけば一人で登れた。
尖塔も本神殿にあるような背の高い建物ではない。
それでも城塞の町は見渡せた。
朝の煮炊きの煙り。
行き交う人々。
それを見ながら薄い朝の光りを探す。
高い外隔壁が朝陽を遮り、未だ城の上部を照らすだけだ。
それでも今日は天気が今までになく良いようで、城塞全体が明るい。
高い外壁のおかげで潮風も和らいだのか、今日は静かだ。
しかし、冬は良いが夏は暑いのではないだろうか?
それを朝食の席で問う。
するとニルダヌスが教えてくれた。
夏は城の方向から潮風と当たるように風が高地から吹き下ろすそうだ。
なので、城塞内の空気がこもるような事もなく、涼しいそうだ。
陽射しにしても、外殻によって熱が吸収されるので一定の温度を保つ。
これは季節に関係なく、城塞内は外の街よりずっと暮らしやすいそうだ。
ただし、冬は日照時間が短いので、晴れて陽射しを拝める時は、日光浴をするようにと釘をさされる。
それには苦笑いで同意した。
陽にあたるのは、北領の民なら心得ている。
あちらは壁など無くとも、冬に陽を拝む事が少ない。
食べ物や薬草、魚油などで身体を弱らせぬように気をつかうが、それでも冬に体調を崩す者が多かった。
これが南に行けば、逆に陽が強すぎて身体を蝕むというのだから、自然とは厳しいものである。
そうして外出の準備を整える。
万が一を考えて、夕方の鐘は近所の者に頼んだ。
私自身の支度は、特段何もない。
食事をして、身なりを整えれば終わりだ。
そこで皆の邪魔にならぬようにと、庭に置かれた木の長椅子に腰掛ける。
あの商会員の男達が騒いでいた庭の椅子ではない。
こちらは鐘楼近くの出入り口に置かれた椅子だ。
教会には雨ざらしの椅子が、あちらこちらに置かれている。
前前任の引退した老神官様の置き土産だ。
彼は庭先で日向ぼっこをしたり、気が向けば草むしりなど土いじりを好んでいたそうだ。
腰や膝を傷めぬようにと、あちらこちらに椅子を置いていたのだが、それがそのまま残っているのだ。
その一つである出入り口の椅子は、教会前の道がよく見えた。
通用門の金属の格子には、蔦が巻き付いており、そこまで白い小さな敷石が続いている。
小さな花々が植えられているのを見れば、きっとこの椅子も土いじりの休憩に置かれたのだろう。
それに砦から降りてくる者も、外隔壁の出入り口から町を通ってくる者もよく見える位置取り。
きっと老神官様も日向ぼっこをしながら、行き交う人を眺めていたのだ。
時間を潰すには、飽きずにいられて中々に良い感じである。
(..通行人が驚いてるよ。庭園の飾り人形と思ってたみたいだね。まばたきしたから、まぁ流行りの大きな人形かと思ったのかなぁ。畏まって無表情に座ってるから)
意味もなく笑ったり怒ってる方が変だと思う..失念していたが、見えるとは見られもすると言うことだ。
門扉近くの木陰に移動しようかな。
(いや、そろそろのはずだよ)
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