第427話 波路 ③

 久しぶりに見た男は、私の杖を見て眉をしかめた。

 それに迷惑をかけたのだろうと、私は俯く。

 罪悪感。

 弱虫め。

 なのに目を伏せ、少し笑ってしまった。

 自戒するも知っている顔を見るのは嬉しくて、距離を置くべきだと思うのに、きっと無視されたら悲しいとわかった。

 私は、寂しい人間だ。

 ひとりぼっちが怖くて嫌いだ。

 だから知っている顔を見ると嬉しい。

 あぁそうだ、嬉しい。

 でも、それは許されない事だ。

 だから、ことさら無表情を取り繕うと顔をあげた。

 弱虫め。


 ***


 集会場は、倉庫が立ち並ぶ場所の近くだった。

 岸壁に水しぶきがかかる。

 この集会場と湾を挟んで向こう側、灯台側にモンデリー商会と乾船渠かんせんきょがあるそうだ。

 ウォルトの説明で、乾船渠とは船を引き上げて修理したりする場所らしい。

 そこに引き上げ船を一時保管しようとして揉めたのだ。

 まぁ火事場泥棒の話はどうでもよい。

 位置取りは突き出た岬に灯台が一番東側、その先は岩肌と波が洗う海岸線が続く。

 灯台から西に向かって湾、アッシュガルトの波止場、防波堤、そして砂浜が街に沿うように続く。

 街の西端が地元の漁業船が置かれた小さな艀が海に突き出しており、漁民の家々が密集して建っていた。

 城塞は北側の高地へ続く斜面に置かれ、高地から流れる河川が側にある。

 アッシュガルトは東から西に海岸沿いに広がり、その東の先はマレイラ内地へと街道が続いていた。

 街道には、三公領地の関所があり、その手前には小さな町がある。

 行政施設はアッシュガルトには無く、その小さな街に三公の官吏が置かれていた。

 つまりアッシュガルトには、村役場以下のまとめ役ぐらいしかおらず、すべてはその小さな街に詰める内地の者が差配していた。

 領土兵も、その街から行き来している。

 半ば見捨てられているというのは、今回の沈没でもあきらかだ。

 領土を守る兵士が略奪者、話にならない。

 おまけに、その領土兵も三国からの寄せ集め実質何者か不明。

 管理がどうなっているのかも不明。

 杜撰すぎて逆に怖い。

 三つの公爵領の統一した意思があるのか無いのか。

 最近はあまりよい話は聞かないそうだ。

 だからか怪我人は、漁民と商会の者が運んだ。

 その間、領土兵は商会船員と殴り合っただけである。

 今も怪我人の面倒を見ているのは、地元民と商会員だそうだ。

 いずれも商会のウォルトからの話だ。

 うのみにするつもりはない。

 無いが、話半分に聞いたとしても、気が塞ぐ内容だ。

 民からすれば、治安を守る土地の兵が信じられなくなるのは怖い。


(体裁ぐらいは繕えないとね。

 盗人と支配者が大差無いと思われたら終わりだよ。

 まったくさ、真っ先に略奪にはしる前に、もっともらしく船を引き上げ船員を保護すれば、積み荷を自由にできるのに。

 下等な輩は何をするのも醜いね。けどまぁ期待はできるかな?)


 私とクリシィは、商会の馬車に乗った。

 他は教会の馬車で後ろに続く。

 カーンは、馬を併走させていた。


(僕たちは、理解してほしいだけさ。

 しばらくは黙っているよ。

 ただね、覚えておいてね。

 これから見る景色に、僕たちは何も手を施していない事を覚えておいてね。

 何を見たとしても、それはの事なのさ)

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