第428話 波路 ④

 何を見ても、あるがままか。

 例えば、これからではなく、先程まででも見落としている事はあるだろうか?

 記憶をさらい小さな気付きを拾う。

 あぁビミンが怖がったっけ。

 出立前、ビミンはカーンを見て恐れるように母親の影に隠れた。

 スヴェンやオービスには気後れをしないと言うのにだ。

 何が違うのだろうか。

 私の視線に、母親のレンティーヌは小さく笑った。

 その微笑みで何となく流していた。

 ビミンが怖いと思った事を、その考えを聞かなかった。

 レンティーヌ、彼女とはあまり会話をしたことがない。

 ちょっとした生活の事を問いかけるぐらいだ。

 日々、話したり交流しているのはビミンとだ。

 そうだ、レンティーヌ自身にも少し違和感があった。

 彼女は、どこか浮世離れした人だと思う。

 誰が何をして何を言っても、いつも少し困惑したように微笑んで終わる。

 ふわふわとした掴みどころのない、まるでおとぎ話の中の人のようだ。

 おとぎ話の綺麗なお姫様。

 でも彼女は現実だ。

 料理洗濯と家事に手慣れた普通の母親だ。

 ビミンの料理上手も彼女のおかげだ。

 話がそれた。

 つまり彼女の態度からは、娘の怯えの原因はまったく伺えない。

 いつもどおりだ。

 では、ニルダヌスは?

 そう、彼もカーンに腰を折り挨拶をして控えるだけだった。

 では、何がビミンを怖がらせた?

 獣人の兵士が怖い、見知らぬ男が怖い?

 どれも的はずれだ。

 いままでも獣人で兵士で、男はいた。

 どれも若い綺麗な女性なら怖がってもおかしくはない。

 でも、違う。

 カーンという人物を恐れている?

 確かに、それもでは

 結論に行き着いて、少し困る。

 つまりは、のだ。

 私の主観では、何が本来事か、

 そこまで考えて、どうしていいのかも、わからなくなった。

 頭がよく働かない。

 動かずに考えるのは苦手だ。

 何に対してのだ?

 

 これから見る、か。

 先程までの囁きは、警告だ。

 これだけはわかった。

 波音と風音。

 海猫の鳴き声が聞こえてくる。

 街の船着き場、倉庫が立ち並ぶ通りに入る。

 市場の賑わいからは少し離れていた。

 馬車はまばらな人出を縫うように進んだ。

 倉庫の並びから一つ陸地側に入った場所に、赤煉瓦の建物。

 この街の漁師組合の集会所だ。

 入り口に受付のような物があるが、普段はあまり使われてはいないようだ。

 一行は馬車を正面につける。

 集会所の通りに面した場所は、ちょっとした広場になっている。

 この道の先は倉庫が途切れて湾へと至る。

 広場には小さな井戸と木があり、休憩をする為の長椅子などが置かれていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る