第398話 頷き

 蟻の巣のような内部に招き入れられる。

 雨音も喧騒も届かない。

 私達の荷物は、先に城下の教会へと運ばれた。

 実用的な戦城、砦?なのだろう、内部は簡素な石造りで灯りも少ない。

 多くが獣人種だ。

 灯りがなくとも見えるのだろう。

 そして会う者会う者、大柄で恐ろしげな風貌の男達ばかりだ。

 ただ、クリシィを見かけると、その大きな男達は、おどおどと通路の端に避け頭を下げる。

 まるで悪戯を見つかった子供のように、何ともコソコソと身に似つかわしくない挙動を見せた。

 それに挨拶を返している姿巫女を見れば、よくある事なのだとわかった。

 高位の巫女、それも年配の巫女となれば、教師や母親のようなものなのだろう。

 髭面の大きな男達が笑顔を引きつらせて、身なりを慌てて整えようと無駄な努力をしている。

 仕事上がりの半裸の男達に出くわした時なぞ、クリシィは動じもせぬのに、男達の方がお目汚しをと慌てて逃げていった。少し、面白い。

 それにしても、人族や亜人種の姿が見えない。

 私がきょろきょろと見回していると、案内の兵がどうしたのかと尋ねてきた。

 彼は見たところ、亜人種の男だった。

 ちょうどクリシィが立ち止まり、兵士と挨拶を交わしていたので、私に声をかけたようだ。

 獣人ばかりなのでと答えると、彼は小声で教えてくれた。

 今回の巡回でミルドレッド城塞に入ったのが、獣人編成の南領第八師団である。

 だから、獣人種以外の兵は城塞に常駐する兵士だけである。

 獣人種だけと聞いて、私が少しひきつったのがわかったのか、兵士は同意するように頷いた。

 八(王国軍第八兵団は南領の獣人兵のみの組織)の八師団は特に荒くれ者で有名ですが、彼らは神殿の巫女様がたに、不遜な行いをする者など一人としておりません。ご安心ください。

 と、何度も繰り返された。

 勿論、そんな心配をした訳ではない。

 獣人種だけを投入するとは、緊張状態が極まった剣呑な場所ではないかと訝しんだからだ。

 諸外国と角付合わせる場所や害獣蔓延る南方砂漠地帯でもあるまいに、ここで軍事衝突がおきる事があるのかと不安になった。

 そうした会話の後、たどり着いたのは城の奥、立哨が扉に控える部屋へと招き入れられた。

 数名書き物仕事をしていたのか、壁際の机には書類が山となっている。

 そして正面奥、立派で大きな机には、この駐留軍の長であろう女性兵が不機嫌そうな顔のまま立ち上がった。

 不機嫌そうな顔としたが、多分、何も気分が悪い訳ではなさそうである。

 予想していた髭もじゃの男性ではなかった。

 まぁ私の貧困な想像で、軍の偉い人といえば、怖そうな男の人だろうなぁという程度だ。

 大柄でも若い女性が出てくるとは思わなかった。

 まぁ偏見はよくない。

 女性兵が後方支援だけというのは、人族の間の話である。

 爵位も男子直系相続が多いのは人族だけの話だ。

 獣人は支配階級に女性が多いと聞く。

 女性指揮官というのは珍しくないのだろう。

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