第397話 沈没船 ⑥
馬車は騎馬などが通過する正面の大門ではなく、訪問者用の小さな入り口に着けられた。
こちらは城下から細い馬車道が敷かれており、敵の侵入が困難になるよう曲りくねっている。
そして車体交換の場所が設けられているが、そこは弓を射掛けられるようになっていた。
直線で進むことができないのでたどり着くまで時間がかかる。
馬車一台で通路幅はギリギリである。
騎馬用の正面の門から伸びる通路は城下を通さず、道の先は外角の壁に抜けている。
あちらは城壁に櫓と戦城らしい物々しい塔や回廊が囲んでいた。
見るだけならば大変に見応えのある景色になっている。
巡回する兵士の武装した姿を見て楽しいという気持ちは失せるが。
そんな行くも退くもできないような馬車道だったが、門にたどり着くまでの間、通行するのは私達だけだった。
おかげで車体を交換するのに難儀する事もなく済んだ。
ただ豪雨に晒され続け、物々しい大きな黒い建物に威圧されと物珍しさを押しやるほど気持ちが沈んだのも確かだ。
「この雰囲気、冬のアッシュガルトはこうだったわね。
この陰鬱さは、東特有のものだと出ていくまでわからなかった。
この静かで何か気が付かぬうちに満ちるような気配。
冬になると何故か、ここを去りたいと思った。
遠くへ遠くへと旅にでたいと思っていた。
母親と親族のいざこざも理由だったけれど、父の顔を見たいと思ったのもあるわ。
父は長命種で生まれながらの貴族であったのに、洒脱でお喋りな人だったから。
都に呼ばれるまでは、冬になると内地からアッシュガルトへと移動して。母と一緒に過ごしたものよ。
父の不在時の社交を避けてね。
こちらの冬は社交の時期なのよ、そうすると母親の血筋、獣人族だったことを論う愚かな人がわくのよ。
そんな人達を饗す意味はないから、気楽に海辺で過ごすといいとの配慮だったらしいの。
それを決めたのは父方の祖父だった。彼は典型的な厳めしい長命種でね、優しさを隠しがちな人だった。
昔から思っていたけれど、冬の海辺は侘びしいのに。
はじめは、これも嫌がらせのひとつかと思ったけれど、どうやら違っていたようで。
後から聞けば、祖父の口に出さない気遣いだったらしいの。
まぁこれも昔話ね、終わったこと。
アッシュガルトの人々は、そんな昔から閉鎖的だった。
内地とはちょっと違う拒絶具合ね。
それも差別していると言うより、恐れられていたのよ。
不思議でしょう?
私達親子を敬っていたし、饗しもしてくれた。
ただ、何ていうのかしら。
外の人全てに一線を引いているの。
そして彼らは、昔からの生活や暮らしを変えない。
まるで嵐に呑まれるのを待っているかのようにね。
子供の私が思ったぐらいだもの、あの頃の母も感じていたでしょうね。
波に呑まれるのを待っている壊れた船みたいだと。
暗く感じるのは、季節ばかりではないと思っているの。」
それに護衛の神殿騎士、幼馴染の方は、こそっと呟いた。
「彼らは東の差配地であることを言い訳に、改宗していないのだよ。沈みかけた船から逃れる事もできぬ、まぁある意味、不幸な人々という事だ。
だからといって三公の庇護は十分ではない。取り残され、結局は追い出されるのを待っているかのような状態なのだ。」
沈没船なのだよ。
と、これもまた皮肉げな口調が雨音に消えた。
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