第399話 頷き ②

 彼女は簡潔に名乗った。

 軍団長のタニア・カーザ、爵位等身分は省略。

 対しての巫女の名乗りは、クリスタ・イ・オルタスと申しますと返す。

 中央大陸神仕えとの名乗りだ。

 クリスタベルが正式名で、クリシィが愛称。

 クリスタが巫女名である。

 ちなみに私はヴィだ。

 似非見習いに名乗りは無い。

 クリシィが椅子に座るのを見届けてから、彼女も腰をおろした。

 巫女の身分は俗世の階級に属さない。

 どんな相手であっても、王国の者ならば礼を尽くすのだ。

 挨拶の後の細々としたやり取りを黙って聞きながら、私は目立たないように控えていた。

 何もかも物珍しいので飽きる事はない。

 石壁につづれ織り、窓は分厚い壁の中にあり、普通の住居とは違っていた。

 その見慣れない景色、軍団長と名乗ったカーザも眺める。

 黄金の瞳に褐色の肌。

 刈り込まれた髪の毛と立派な体躯。

 種として美しく、人族や亜人とは違った美しい姿だ。

 年の頃は人族で言う三十代だろうか。

 獣人に馴染みがないので、年齢はよくわからない。

 挨拶の後は、新たな教導者としての信仰活動の許可を受ける書類のやり取りだ。

 クリシィから渡された書類の確認と署名、その間にも他の仕事も忙しいのか、まわりの者へと指示をだしていた。

 軍団長は、不機嫌で忙しくて、大変そうだ。

 少し寒いし早く身を落ち着けたいなぁ。

 などと呑気な私の考えを読んだように、カーザは顔をこちらに向けた。

 そして私をジロリと睨み。

 睨み、何故か頷いた。

 その頷きが何であったのかは不明。

 許可書類に署名と捺印後は、クリシィに続いて退出となった。

 一応、覚えを頂いたということなのか?

 私達は、そのままミルドレッドの町へ戻った。


 ***


 天を切り取るような外殻は、多重構造で岩の塊ではないそうだ。

 その城塞外壁に沿うように、煉瓦作りの大きな建物が教会だ。

 正面の尖塔に鐘が下がり、神聖教の旗が掲げられている。

 想像していた建物よりも大きく立派だ。

 私は村の小さな集会所を考えていたが、それよりはずっと立派で頑丈な建物だ。

 二人で維持できる大きさではない。

 教会の敷地奥は墓地や納骨堂も見えた。

 私が見回していると、教会から出迎えの人が現れた。

 女性が二人、男性が一人。

 付き添いの神殿騎士が言うには、彼らは親子だそうだ。

 老齢の男性が父、他の二人は彼の娘と孫だという。

 彼ら三人が住み込みで建物を管理しているそうだ。

 それとは別に、町の住民も持ち回りで教会の仕事を手伝うそうで、神官一人でも何とか切り盛りできる規模らしい。

 なので神殿の出張所たる教会に必要なのは、神事を執り行い金銭の決済をする管理者だ。

 では、私の仕事は何だろうか?

 養生は勿論だが、できる限りの事で役立たねばならない。

 と、気を引き締める。

 このままでは、迷惑ばかり振りまいて終いだ。

 怠け者にはなるまい。

 挨拶の後、中へと入るように促される。

 ならばと勢い込んで正面の扉を開けた。

 促されたのもあるが、間取りを覚え掃除ぐらいはできるようになりたいと思ったからだ。


「おや、やっと着きましたね。

 今日は私とイグナシオの奉仕の日だったのですが、ちょうどよかった。

 いやぁ、聞いてますよ。

 何でも頭のオカシイ男に追い回されてるとか?」


 カーザはどんな話を吹き込まれたのだろうか?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る