第418話 木の葉の船 ⑩

 診察台と仕切り、そして様々な器具が並ぶ戸棚。

 薬の類が置かれた小卓。

 医者は人族の男。


(おやおや、むしろこの医者の方が病人みたいだね。

 触診なしでの、見たままの診断をしようか?

 先ずは、気管に若干の病変がありかなぁ、呼吸不整ありだ。

 体重も人族成人男性としては、減少ぎみかもね。

 まぁ痩せすぎって事。

 それから首筋に鬱血痕だけど、自然にできている。きっと内出血しやすい状態だね。

 別に首を絞められたり吊ったりした跡じゃないね。残念。

 それから少々の発汗傾向。

 発熱しているかは触診しないと不明。

 咳は認められないけど、白目の色が少し黄色いなぁ。

 内臓疾患の疑いもある。

 皮膚に小さな赤い斑点がまばらに見えるね。

 多分、触診はしてこないと思うけど、触られそうになったら避けてね。

 感染性の皮膚疾患では無いと思うけど、用心に越したことはない。

 えっ?何の病気かって。

 一応、3つぐらい候補があるよ。

 いずれも感染症だから、注意が必要だけど。

 感染力は、たぶん、の場合は、低いかなぁ。

 看護師がうつっていなさそうだし、たぶん、彼女が奥さんだろうからね。)


 不穏だ。


よ。

 一応、覚えておいてね。

 

 医者が病気だね。

 さてさて、面白くなってきたね。

 わかったわかった、ちょっと黙るよ。)


 医師は私を見て、机に向かうと何かを書きつけている。

 質問は一般的な事柄だ。

 名前、年齢、既往歴、飲んでいる薬。

 神殿医から処方された薬を聞き、医師はあえて付け加える治療は無いと言う。

 その様子から、神殿医の見立てに口を出したくない様子が見て取れた。

 飲んでいる薬が切れたら、この店で買うようにと、町の薬屋を紹介される。

 待合室で待つニルダヌスの方へと看護師の女性が行ってしまうと、医師は声を小さくして言った。


「..まだ、お調べなんですか?」


 意味がわからず黙っていると、彼は続けた。


「あんな場所を調べようとなさるから、身体が弱るのですよ。

 私も、もう、あちらに行くのは止めました。

 報告はしましたが、は一考だにもされません。

 彼らは我々の訴えも、現状も何一つ目に入っていない。

 噂に違わず、目の見えない者達のようです。」


 思い当たるのは、亡くなった神官だ。


「いくら哀れだと思っても、もう、アッシュガルトに赴かれるのは、お止めになったほうがいいでしょう。

 それにが報告を握りつぶしているようなら、いずれ」


 問う前に、助手が戻り話は終わった。


 その晩、小さな流れの夢を見た。

 煌めく水に、木の葉が一枚落ちて、くるくると流れを回る。

 くるくると回る木葉、私はそれを眺めいる。

 眺める小さな船は、掬い上げようと手を伸ばしても届かない。

 荒い流れに翻弄されて、私の手は届かない。

 そうして流れ去る事ができず、くるくると同じ場所を回るうちに、木の葉は水に沈むのだ。

 水面を、ゆっくりと沈んでいく。

 木の葉は、水面を見上げ、沈む。

 行き暮れ水に深く沈むのだ。

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