第419話 モンデリー商会

 フッと意識が戻り、それが何であるのか一瞬戸惑う。

 城塞全体に鳴り響く、それは銅鑼の音だ。

 ドーンという大きな音が等間隔に鳴り響き、合間に小刻みな音が入る。

 不安が膨れ上がるような音だ。

 その銅鑼の音が続く中、蹄が石畳を弾く音が聞こえる。

 城から外壁、外へと軍馬の集団が駆け抜けていくようだ。

 私やクリシィ、ビミンと母親が驚いて、それぞれの寝室から廊下へと出る。

 ニルダヌスは既に、窓の外を伺っており、耳に手を当てて外の騒ぎを聞いていた。


「戦闘準備の合図では無い。大丈夫ですよ」

「何があったのでしょうか?」


 クリシィは窓から外を見て、眉をひそめた。

 町中の道を軍馬が通り過ぎるのが見えた。

 兵隊を放出する為の通路は、町中では確認できない。

 巫女の不安に、ニルダヌスは言葉を選ぶように言った。


「住民の様子も落ち着いていますし、此方側、町中の出入り口を開くようですから、兵器の放出でもありません。

 ただ、兵士の移動があるので、住民は屋内にという事でしょう」


 というニルダヌスの返事にも、クリシィがじっと見つめ返す。

 すると、彼は根負けしたように、少し微笑んで続けた。


「ここ数年、船が沈むのですよ。

 珍しい騒ぎではありません。

 ただ、こんな風に砦の銅鑼が鳴るのは珍しい事。

 きっと大型貨物ではないでしょうか。」

「それは、ちょっと」


 今度はクリシィが考え込んだ。


「えぇ、本来城塞は海難事故で兵士を放出はしません。

 東公の海事不干渉、ここにのですから。

 ですが、規模が大きな事故では、マレイラ軍は役に立ちません。

 彼らはいつも遅い上に、人を助ける前に荷物を拾得する方を優先します。」


 ニルダヌスの返答にクリシィは何とも評し難く、鳴り響く警告の音を聞く。


「いつもモンデリーの人たちが助けに行くけど、後から来る領兵たちは、海賊みたいなのよ。

 自分達と同じ国の人間なのに、まるで泥棒みたいに荷物に群がるの。

 怪我した人のお世話も、結局」

「ビミン」


 嗜める祖父の言葉に、ビミンは肩をすくめた。

 モンデリー?


(寝ようよ、まだまだ夜中だよ。

 って、はいはい、モンデリーね。

 表向きは、公王御用達の海運会社さ。

 つまり中央軍の偽装船団、私掠船だ。

 海軍はからね。)


「悪口じゃないわ。

 事実ですもの。

 いつもいつも、モンデリーの人たちを泥棒呼ばわりしているけれど、本当の泥棒は領兵軍の海兵達じゃない。

 検閲している風でお金を要求したりする。

 今では海路を利用するのは、モンデリーか三公爵の船だけ。

 そしてその公爵の船だって、ボフダンやコルテスの船が沈んだら略奪しにくるのよ。何が領民兵よ。」

「余計な事を言うんじゃない」

「本当なら、城塞の」

「ビミン」


 祖父の戒めに、彼女は寝室へと戻っていった。

 怒っているというより、余計な事を言わないために彼女は戻ったようだ。

 あまり良い話ではないのだろう。

 娘の背を追って、母親も挨拶をすると下がっていった。


「すみません、巫女様」

「いいのよ。現状は少し聞き及んでいますからね。

 治安が悪くなっているのですか?」

「アッシュガルトの一部地域は、あまりよくありませんが。昼間ならそれほど変わりはないかと」

「それでも前より悪いのね」

「もし、アッシュガルトに向かうのなら、昼間。

 それも城の方々に付き添いをお願いし、モンデリーにも声をかけるのがよろしいかと」



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