第275話 洞窟墓 ③

 素材は青銅だろうか?

 三つの顔に六本の腕。

 下半身は触手のような物がたくさん生えている。

 顔は人面に、鳥、馬。

 手にはそれぞれ武器が握られている。

 小さな部屋には人影はなく、通路も終わっていた。

 だが、水の気配に空気の流れ、ましてや篝火までもがあるのだ。

 ここが終着点とは思えない。

 室内に入り、中を調べるしかない。

 そうして足を踏み入れると、床の上に文字が浮かんだ。

 うっすらと埃が落ち足跡も無い。

 その床の上に黒い文字が浮かぶ。

 それを見て、入り口で私は立ち止まり、サーレルは侯爵を通路に押し戻した。


『誰?』


 と、それは古い言葉で描かれていた。


(お喋りをしようか。さぁ君ならできるよ。君がグリモアの主だからね!)


 グッと視界と頭がぶれる。

 グリモアに繋がり無音の世界が広がっていく。

 床に描かれた文字だけが、チリチリと火花を散らして力が残った。

 私は燭台から蝋燭を引き抜くと、床に文字を描く。

 悪意無きモノか否か、わからない。

 過去は祝福に溢れていたのか、過去も呪詛が満ちていたのか。

 ただ、人は祈っていたはずだ。

 過去であろうと人は人。

 願う事にかわりはない。


モーデン長命種の民、ニガト獣人種の民、ヨルグア流浪の民』


 モーデンは長命種の祖。

 ニガトは獣人の王朝名。

 ヨルグアは亜人などの流浪民の総称だ。

 それを蝋で床に書く。


『目的は何?』


 暫し、考えて記す。


『子を迎えに来た』


 それに床の文字はゆらめき、形を崩すと答える。


『胴体』


 そして消える。

 最後の文字の意味がわからない。

 首を捻る私の肩をサーレルが軽くおさえる。

 それから壁の神像に近づき、拳で像を叩く。

 軽く叩くと乾いた音と共に、その腹部が開いた。

 ほらね、と、ばかりにサーレルが振り返り微笑む。

 差し出された手には、奇妙な形の鍵があった。

 鍵の取っ手に硬貨ほどの硝子がついている。

 持ち手の部分は細長く、曲がりくねって先端が銛のように尖っていた。

 神像の開いた腹部には、他に錆びた鎖と、朽ちた何かが残っていた。だが、鍵以外は年月が経ちすぎて判別できない。

 鍵が出てきたのなら、開くべき場所があるはずだ。

 部屋にいた何かは、もう沈黙し何も語りかけてはこない。

 サーレルと私は、室内を見て回る。

 侯爵はその間、扉のところで室内を、しげしげと見回していた。

 程なく、神像の前に置かれた小さな石の卓、供物を置くのだろうそれの内側に、物入れの小引き出しがあるのを見つけた。

 そしてそれを引き出してみると、中に見覚えのある物が入っていた。

 それを取り出し、石の卓の上に置く。

 私達三人は、それを前にしてお互いに顔を見合わせた。

 それは真偽の箱と呼ばれる物にそっくりな代物だった。


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