第274話 洞窟墓 ②

 棚には部位ごとの骨。

 壁や天井、柱や梁を飾るのも骨だ。

 さらに部屋の中央には、奇っ怪な骨の装飾品が鎮座している。

 大腿骨や肋骨など長い骨が放射状に並び、中心には頭蓋の塔。

 宗教的意図なのか、何を考えて置かれたのか、不気味である。

 何か言いたそうなサーレルを身振りで黙らせ、私達はそのまま奥に続く通路へと進む。

 通り過ぎる時も、骨達は身じろぎもせず静かだ。


(古い骨だね。

 時代ごとに利用されてきた地下墳墓だ。

 侯爵の祖が入る前、戦の頃に閉じたようだね。

 この骨の殆どが亜人だ。

 まぁこの骨の塔は、別だけど)


 これほどの骨が城の地下にあるのに、知らない事などあるのか?


(そりゃぁ、ここの支配を渡した時に口を噤んだのさ。

 余計な力を渡さない為、化け物という災いを押し付けたいがためにね。

 彼らが知っているのは水路まで、墳墓への道が開いたのは、何も馬鹿サーレルがこじ開けたからではない。開いていたのさ。)


 開けたのか。


(名はボジェク青い男と言ったかな。

 彼がグーレゴーアに告げたのは、地下の儀式場が開いたという事でもある。

 逃さず皆殺しにできなかったからね。

 開けば、こうして入り込む者、戻ってくる者もいる。

 愚かにも、憎しみのままに罪に囚われて闇に沈む結果にもなった。)


 骨の広間を抜けた先、通路は煉瓦の石積みが表面を覆っていた。

 奥のこの場所の方が、人の手が入っているように見える。

 その壁の煉瓦のひとつひとつに、魅了する言葉が溢れていた。


(あの遺骨の塔が、この墳墓を巡る力の境界線だ。骨は遺骨としてではなく呪具としてある。)


 確かに、広間から奥は、魅了する言葉が溢れかえり響き続けている。


(特別な素養が無くとも、感じる事ができるだろう。

 呪術が溢れる場所では、言祝ぎならば、空気は暖かく清浄だ。)


 重く沈むような感覚。

 冷たく寒々しい空気と湿気。

 見えない何かがのしかかる。

 黴と水の気配、囁きは大きく怨嗟を含む。


(まぁ、喜びに満ちた心では無いな。

 人は誰かの悲嘆や憎悪に触れれば、同じく心も重くなるものだ。

 呪詛は見えぬ氷刃であり、鼓動に差し込まれる死だ。)


 扉が見える。

 通路の終わりに、錆を浮かべた金属の扉。

 古い文字で、礼拝堂と焼き印にて記された板がかかっている。

 燭台をサーレルに渡すと、私は扉に手をかけた。

 少しづつ力をこめて扉を開く。

 隙間から光りが漏れた。

 一旦、開くのを止める。

 サーレルは蝋燭の炎を吹き消した。

 音は、無い。

 呪術の囁きが巡るだけである。

 扉の隙間から、中を覗き込む。

 篝火だ。

 金属の大きな台座に篝火が焚かれている。

 人の気配は無い。

 サーレルが前に出ると扉を一息に押し開いた。

 中は小さな石の部屋。

 あの前室と同じ作りである。

 ただし、そこに石の棺は無く、正面の壁に神の言葉はない。

 代わりに、奇っ怪な神像が祀られていた。

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