第273話 洞窟墓

 問いに返せず、沈黙しているとサーレルが戻ってきた。

 非礼になるが、答えずにすみそうだ。

 聞かずに安堵し、答えずに安堵する。

 そうして、乱高下する心に沈思した。

 森の人。

 そういう種族がいるのだ。

 長い年月を生きた人ならば覚えているということか。


「もうすぐ、あの化け物が外殻を溶かしにかかりそうです」

「準備は滞り無く進んでいたか?」

「中々に皆さん、ご健闘されていましたよ。

 化け物も体中が針山のようになっていましたし。

 ただ、城下は火の海に、あの化け物が這いずり回ったおかげで、多くの建物が倒壊していますね」

「中途半端に壊れるよりは、更地になったほうがよい」

「近隣には早馬を、都へ伝令も飛ばしたそうです。侯爵殿が今暫く地下探索に勤しむと伝えておきましたので、もう少し粘ってくれそうですよ」

「そうであるか。ならば、参ろうか」


 私達は燭台の明かりを頼りに、闇へと進んだ。


 ***

 湿った空気、これと同じ匂いに覚えがある。

 闇の中、半円を描く天井、半ば朽ちた壁。

 描かれているのは、宗教画だろうか?

 神を形にするのは禁じていたが、殉教者の肖像は良く描かれる題材だ。

 とても古い時代のものらしく、それも黒い人型のしみに同じだ。

 通路は狭く細い。

 進めば枝葉のように道は幾つにも分かれていた。

 私は燭台を受け取ると、先頭を歩く。

 大人の男ひとりで、いっぱいになる通路だ。

 私とサーレル、そして侯爵が続く。

 本来なら、殿がサーレルとなるところだが、階上が気になる侯爵が殿となった。

 通路は予想以上に奥に続いている。

 少しくだり坂か?

 分かれ道ごとに、サーレルが刃物で傷を壁につけている。

 もどり道は、一人でも引き返せそうだ。

 先導する私に、侯爵が不思議そうに話しかける。


「道がわかるのか?」

「奥から、囁き声が聞こえます。」

「耳がよいのだな」

 

 耳がよい訳ではない。

 私は燭台を翳して道を示した。


「まだ、城館の外の敷地ではないでしょう」


 息を吸い込み、匂いを嗅いだ。

 囁きが少しづつ、意味を持ち始めた。


 眠れ、眠れと繰り返している。


(眠らぬ誰かの為の子守唄だね。

 生きている者がそこに分け入ると目覚めてしまう。

 だから、繰り返し眠れと囁いている。

 小さな呪である。

 さすらう何かを眠らせる。

 眠りを妨げてはいけないよ。)


「ここから先は、何があっても沈黙をしていてください。」

「何故だね?」

「余計なモノに気が付かれると面倒です」

「余計なものですか、例えば?」

「驚くようなモノが見えても、見えないふりをすれば、悪いモノは通り過ぎますからね」


 程なく、広い空間に出た。

 城の広間にも引けを取らない大きさだ。

 四方の壁は岩盤のようで、それが三段の棚に彫り抜かれている。

 そして三段の寝台の広さの棚には、ぎっしりと人の骨が積まれていた。


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