第272話 森の人
静かな問いかけに、私は侯爵を仰ぎ見た。
「森の人?」
「今はそう呼ばぬのか?」
私と侯爵はお互いに相手を探るように見つめ合った。
つまり、私の種族を言っているのだ。
「私は拾われ子にて、しかと詳細な種族を知りません」
その答えに、侯爵は表情をつとめて変えず、ただ慎重に言葉を続けた。
「確かに、知らねば探られる事もなかろう」
「何か知っていらっしゃるのですか?」
「今、話す事ではない。
だが、この先、語る事無く別れが来るやも知れぬ。
大凡の事、年寄ならば知っている話だけなら、余計な事もおきまい。
ただ、我が語る事も、他の者には問うてはならぬ。
詳細な話は、そう相手を選んで聞く事。
これだけをよく覚えておくと良い。」
「我が身の祖は、何か罪を犯しているのでしょうか?」
それに侯爵は表情を和らげた。
「まさか、それはありえない。
お主の種族は貴種にて、あまり公にすると危ういという意味だ。
森の奥深くに住まい、獣人でもなく人族でもない種族でな。
多くが北の山々に暮らしていた。
北の山々が凍りつき、多くの禍事が続いた後、その姿を見る事はなくなった。
いずれも知識深く、人には聞こえぬ神々の声が聞こえるそうだ。
昔は、どこにでもいた。
我らが増えるにつれ、世に争いが増えるにつれ、消えていった。」
「どうしてですか?」
「この大陸の主勢力は、二つだ。
人族と獣族。
我ら長命種とお主の連れの獣人種だ。
それ以外に属する者は、中々、政治や社会に参加する事が難しい。
そしてな、その第三勢力の一番上にいたのが、お主ら森の人であった。
歴史的には、お主たち森の人が、実は我らや獣族よりも立場が上であったとある。
それが今では種も忘れられ、政治の中枢には影も形も無い。
今の時代の者には、お主を見ても、すぐに種族を言い当てる事は神官以外は難しいだろう。
この意味はわかるか?」
「粛清されたのですか?」
「神の意志に背く者がいたのだ。
故に、お主達はいなくなった。
だがそれは、我々、多くの者が願ったわけではない。」
「神の意志ですか」
「それもまわりは教えなかったか。
神聖教が扱う古代文字を、神の文字としているが、それを伝えたのはお主ら森の人だ。
如何に政治的に対立しようとも、神の言葉を伝える者を害する事は無い。
正気ならばな。」
墓所に置かれた聖布を見る。
光と風と調和を意味する文字が美しい紋様のように描かれていた。
(呪術方陣にも使われている古代文字の一種さ。
これは魂を見る神官が読み取る文字と同じなんだ。
魂に見える文字紋様。
まぁ呪術はその魂を読み解く訳だから、確かに神の言葉といってもよいのかな。)
少なくとも、御領主様方と爺達は、私の種族が明らかになるとあまり良くないと知っていた。
だから、亜人として育てたのだ。
教育を受けさせたのも、村から外の世界に出れば、困難が予想されたからだ。
「それで森の人よ、お主は祭司なのか?」
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