第271話 特技 ③
「他に部屋は無いのですか?」
「特に聞いてはいない」
「他の墓地、墓所のこころあたりは」
「必要なかろう?我らの最後は、場所を取ることもない。」
彼らにとっては、死は遅き訪れである。
野辺にまくとは、本当の事なのだろう。
「で、これから如何するのだ?」
「この場所以外、墓所とされるところはないのですね?」
「墓自体、元々作られる事が稀だ。
都の方々のように権威を示すも、死んでは必要もないのでな。」
シュランゲは距離として遠い。
奥方は、自分の行動範囲に犠牲者を招き入れたはずだ。
力を使うのに、特別な血が必要なように、特別な場所が必要だ。
もう、失敗できないと女も考えているだろう。
それとも、私は勘違いしているのか?
はやく、しなければ。
「ここは前室では、ないでしょうか?」
墓所の壁をサーレルが軽く叩いている。
「空気は、それほど濁っていない。壁も薄い」
私も中に入り、壁の表面をなぞった。
「継ぎ目がありますね。組み木の要領で動きますかね」
そう云うと、サーレルは壁を叩いて、軽い音をたてる部分に力を加えた。
「ほら」
唖然とする侯爵の前に、小さな動きが次々と壁の表面に現れる。
波紋が広がるように、埃をかぶった壁が組み変わっていく。
そうしてあっという間に、入り口が開いていた。
「いやぁ〜古い建物ってこういうのが多いんですよねぇ〜いいぇ〜ちょっとした嗜み、特技ですよぉ。」
間延びした声音で、わざとらしくサーレルは笑った。
隠し扉を見つけたのは幸いだが、この男の特技が何やら不安である。
「奥に続いているようだ」
丸くくりぬかれた通路は、奥の闇へと消えていた。
微かな空気の流れに、湿気がある。
水の流れを感じ、私は耳をすまし目を凝らした。
ヒソヒソとささやきを感じる。
闇の囁きだ。
「私は奥へ参ります。侯爵様は如何なされますか?」
私の問いに、侯爵は暫し沈思した。
「一緒にいらしたらいいですよ。
何もそう死に急ぐ事もありますまい?
いや、むしろこちらのほうが危険かな」
サーレルは明かりが無い事を確認すると、外へと取りに戻った。
私と侯爵は、暫し闇のとば口に取り残される。
当然、気まずい沈黙がおりた。
(本気で自分を喰わせるつもりなのかな?
何が弱気にさせているのかな?
いつもなら、氏族の人間を人柱に差し出すだろうにね。)
闇を見据えたまま、辛辣な呟きに耳を傾ける。
今となっては理解している。
これは私であり、ボルネフェルト侯爵という少年であり、多くのグリモアに呑まれた魂なのだ。
先程、嫡子の遺骸に宿った、悪霊と同じなのである。
悪霊の名は、問うてはいなかったな。
ふと、私が思う。
そして答えが返る。
正しく示唆を求め、答えを求めなかったから。
つまり天邪鬼で、必要のない事を教えたがるのだ。
『我は..』
「森の人よ、お主は祭司なのか?」
答えは侯爵の問いに打ち消された。
幸いにも、聞かずに済んだ。
聞けば、ろくな事にならないだろう。
取り憑かれるのは御免だった。
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