第270話 特技 ②
愉快ともとれる表情で、侯爵は広間の横手から中庭へと出た。
小さな中庭には、手入れの行き届いた草木が茂っている。
ちょうど、四角く天を切り抜いたように、空が見えた。
先程の水路の庭といい、この城館は多数のこうした空間があるようだ。
きっと室内からの景観の為だ。
これも贅沢な仕掛けと考える事もできるが、純粋にトゥーラ・ド・アモンの歴史と美意識の結果ではないのだろうか。
それを思うと灰燼に帰すのは、自業自得と済ませていいのかとも思う。
だがそれは余計な世話である。
それよりも、ここに何かあればよいのだが。
古い都跡だ。
フリュデンの地下と、このトゥーラアモンが繋がっていてもおかしくはない。
フリュデンにいたはずの人々の行方の先もだ。
何も呪術に頼った方法ばかりをとれるわけも無い。
街の住人を消すのに、容易な方法があったはずなのだ。
見上げる窓から、中の様子は見えない。
装飾硝子の窓だ。
神殿や身分の高い人達の暮らす場所でも中々見る事は無いだろう。
その高価な色硝子が絵画のようにはめ込まれている。
図柄は百合の花か。
そうして窓を見、さらに仰ぐ空は、城館の額縁に切り取られている。
描かれている空は、重苦しい雲が流れゆき、時折その雲の川に雷光が奔った。
視線を転じて足元を見れば、枯れた低木に隠れるように石の扉がある。
石の扉に花と鳥の彫刻。
地中に埋もれるように、両開きの扉が低い位置にある。
美しい花の彫刻に、生きているような作り物の鳥がとまっていた。
金物の鳥だ。
愛らしく小首を傾げ、中空を見ている。
扉にある鉄の取手には、幾重にも鉄鎖が巻かれ大きな錠前が下がっていた。
侯爵は、腰の剣を鞘ごと引き抜くと、その鎖に差し入れ引きちぎった。
「鍵なぞ、とうに無いのでな」
私の表情を見て、彼は言った。
「我の親族は、誰もここに入っていない」
「何故です?」
「皆、死ぬとその砂を野辺にまいて欲しいと願う。
天寿を全うした者ほど、そう願う。
そして天寿を全うできなかった者の家族は、アイヒベルガーのこの墓に入る事を拒む。」
扉を開くと、冷気と湿気が顔をうつ。
「神の国への入り口には、見えまい?」
三段ほどの階段を降りる。
石棺が並ぶ簡素な部屋だ。
北向きに小さな明かり取りの小窓、小さな壺が壁沿いに並ぶ。
「まぁ己が天の門を叩けるとは思ってもいないがな」
華美で贅沢な城館にある墓は、庶民の貯蔵庫よりも素っ気なかった。
小窓の下に、神の文字が飾られている。
国教の神聖教は、創造主である唯一神を奉じ、神の姿を造形する事を禁じていた。
この世の全てが神であり、偶像崇拝を(一応)否定している。
そこで信者が日々祈る為に、神像ではなく、神の与えた文字と言われる紋様を崇める事を許していた。
それを神殿で清めた布に描き、神殿の紋様聖布としていた。
ここではないのか?
小さな部屋だ。
探すまでもなく、誰も入り込んでいない。
鍵さえも無くなるほど、この場所は放置されていた。
つまり、誰もここには来ていない。
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