第537話 挿話 煉獄への道程 ②

 狂化きょうかとは、肉体の調整ができない状態の事だ。

 肉体が精神を裏切り、暴走する。

 獣人への差別は、この狂化が元である。

 今現在は、精神失調が原因ではない事。

 自己免疫と結合組織疾患である事がわかっている。

 そう疾患、病気なのだ。


 獣人とは、獣の姿を模した形をとれる種族だ。

 人族種と同じ姿で生活しているが、獣の姿を模して肉体の強度をあげる事ができる。

 人族種の姿を擬態ぎたいと称し、擬態を解いて、獣化するのが獣人族という訳だ。

 もちろん、全ての獣人族が獣化できる訳では無い。

 戦闘種と呼ばれる大型の獣人が、獣の姿になるのだ。

 そして狂化とは、この大型獣人に発症しやすい病である。

 原因を遺伝と考える向きもあったが、現在は環境依存の疾病とされていた。

 兵士や傭兵など、南部奥地で活動する成人男性が、患者の殆どを占めていたからだ。

 極度の肉体変化を頻繁に行い、激烈で過酷な環境に長く晒される。

 重金属汚染の他に、重力磁場異常の環境負荷を長期に渡り受けた者の発症が多い。

 例外的に、戦闘従事者以外にも患う事がある為、原因は未だ不明。

 初期治療を行えば、発症を遅らせる事もできる。

 滅多に手遅れの状態にはならない。

 と、いうのが現状だ。

 発症し完全に肉体制御ができなくなると、精神失調と同じ症状となる。

 狂化した時点で、その場に同じ獣人がいた場合は、を行う。

 手近の獣人、それも同じような大型の獣人が始末する事になっている。

 狂化した獣人を制圧できるのは、同じ獣人以外、無理だからだ。

 もちろん、肉体変化を行える獣人の病であり、領土兵、マレイラの人族が罹る訳もない。


 ***


 集会場の前、広場を見回す。

 誰もいない。

 ただ、一匹の猫が死んでいた。

 酷い有様で、猫の頭が血溜まりに転がっている。

 気配は、井戸側の木立の中だ。

 微かな震える息遣い。

 私とウォルトは扉を閉じる。

 人族一人に遅れをとる事は無い。

 さっさと生け捕るに限る。


 ゆっくりと近づく。

 ぜぇぜぇと息をする男は、木立の後ろ、しゃがみ込んでいた。

 猫の血にまみれた口元に、奇妙な風貌。

 醜いとも、怪異とも見える異相である。

 ビミンが勘違いするのもわかった。


 裂けた口。

 濁った黄緑色の眼。

 額が前に少し張り出している。


 ウォルトが回り込むように合図した。

 私達は左右に別れ、木を回り込む。


「俺たちの血が混じっているにしちゃぁ、妙な顔つきと色だな」


 肌が青黒い。

 確かに、奥地南部には青黒い肌の者もいる。

 だが、総じてこのようなブヨブヨとした肌色ではない。

 鱗を纏う者もいる。

 だが、透き通るように皮下の血管まで見えるような具合ではない。

 色味が濃い者は、外皮が強いのだ。

 単に、不健康な人族と見える。

 男は荒い息をしてしゃがみ動かない。

 病、だろうか?

 このまま近寄って制圧しよう。

 私とウォルトは、簡単な事だと考えていた。

 少なくとも私の方は、だ。


「野郎、夜以外も、のか?」


 ウォルトの呟き。

 それに疑問を覚えるほど、私の檻は開かれていない。

 そして不運が最初に訪ったのは、何ら関係の無い者だった。





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