第662話 挿話 兵(つわもの)よ、剣を掲げよ盾を押せ 中 ⑧

 見物人という風情の獣人達を他所に、化け物とシェルバン兵の攻防、否、化け物の捕食行動は激しくなっていく。

 なるべく遠くへ逃げようと、家屋から家屋へと住民が転がり走る。


 逃げられるだろうか?

 まぁ逃げられまい。


 と、煽りを一投した男が部外者のように呟く。

 イグナシオにしてみれば、同情はわかない。

 シェルバン領はどうだか知らぬが、こうした場所に居を構えると税などの優遇をされるものだ。

 目先の欲と自身と家族の安全を賭けの秤に乗せた末の話、選んだ事だ。

 覚悟は別にして。


「それで?」

「本当に聞きたいのですか?」

「簡単に、簡潔に、短く」

「無理です。

 はぁ、動物や植物は、雌雄で繁殖します。

 基本はね。

 そしてそれ以外の繁殖方法も色々ある。

 分裂する場合もあれば、雌雄同体の生き物もいます。

 ここまではわかりますよね。

 生き物は多様な繁殖方法をもっている。

 生きる、数を増やすというのは、ごく当たり前の生き物の姿です。

 で、例外的に役割を個体分散する生き物もいるわけです。」


「それが?」

「この説明は、本当に大雑把な話しですからね。

 繁殖方法が社会性を築いた集団として役割分担をする生き物と、元々の繁殖方法が役割を明確にわけている場合があるのです。あぁわかってますよ。

 もっと簡潔に言えば、人間は男女番いで繁殖しますし、乳母やの手を借りて子育てする社会性をもっている生き物です。

 これは身近な蜂もそうですね。

 そして今回の寄生虫は、もっと特殊な繁殖方法をとっているのではないかと考えました。

 雌雄のある草木の受粉か、はたまた、花粉媒介昆虫などの繁殖仲介をする別の生き物の存在ですね。」


「果樹の受粉作業の事か?」


「そうですね。

 我らが故郷の果樹も今年は豊作になりそうですよ。

 まぁそんな楽しい話しではないのですが。

 今回の虫騒動は推測するに、繁殖に参加しない個体が存在する、動物群体のような生き物ではないか?と、考えました。」


「何だそれは?」


「体内の寄生虫に産卵を促し繁殖する為に働きかける別の虫、または、何かがいる。

 本来、雄の役割をするモノ以外の、特別な指揮者でしょうか。

 これに産卵を促されると別種の卵、変異した何かを産む。

 自然界の場合、種の絶滅や飢餓が迫ると産まれる個体。

 生き残りだけを念頭に置いた特殊個体です。

 その出現はどう判断するか?

 ここで変異の前段階で起きる事を思い出してください。

 最初に何がおきますか?」


「水場の汚濁か」


「そうです。

 水場の汚濁です。

 これを経口摂取すると、彼らは感染状態になる。

 体内の虫が産卵をするのです。

 これは動植物の繁殖方法として、不自然ではありません。

 体内にある雌型に、雄型が産卵を促す分泌物を与える。」


「アレがそうだと?」


「さぁどうでしょうか。

 アレがそうだとして、特殊個体を産むように働きかけたのか?

 種としての危機でしょうか、単なる産卵時期だったのでしょうか。

 過去にも同じことが起きていたのでしょうか?

 まぁそもそもあの蚯蚓が、元だとはわかりませんしね。

 水とアレを採取して、分析せねばなりません。

 現物を見られてよかった、よかった。」


「何も、よくない。

 この不届き者が。

 シェルバンの水場だけで済むのか?」


「そこですよねぇ。東マレイラの水源はどこもかしこも繋がっています。

 一応、ボフダン側の地下水脈は硬い岩盤でこちらと分かれていますから、まぁ飲めるでしょう。

 それに我々重量の対解毒病毒耐性は、生き物として別格ですしね。

 もちろん、シェルバンの水は飲みませんけど」

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