第663話 挿話 兵(つわもの)よ、剣を掲げよ盾を押せ 中 ⑨

「増殖し始めたぞ。

 採取はどうする、生きたままか?」

「水と死骸で十分ですし、後で手の者がうまくやります。

 不要な動きは無しで。

 後は、お得意の焼き上げでいいんじゃないですかねぇ」


 どうでも良さげな返事だが、正直なところ部外者の手出しはお節介に過ぎない。

 イグナシオはシェルバン兵に向けて怒鳴った。


「焼け!

 喰い始める前に、火を放て。

 関ごと燃やしても、害獣を外へ出してはならん」


 矢も斬撃も通用せず、触手に引き倒されて巻き取られる地獄絵図に向かっての一応の助言だ。

 耳に入っているかは謎である。

 火薬などの備えはないのだろうか?


「おぉ一人喰われましたね。

 すごいなぁ、エンリケが見たら喜びそうですねぇ」

「話しは後だ。焼くぞ」

「お節介ですよぅ」

「害獣に人間が舐められてはならん」


 どうにも埒があかない様子に、イグナシオは火薬武器を荷駄から運ばせる。

 火薬を筒に詰め込み、撃ち出して爆破する神槍だ。

 単発の使い捨てになる代物で、先の焼き討ちに使ったものと同じである。


「勿体ないですよねぇ。

 一発でどれだけの金額か。

 まぁ貴方の予算は別枠らしいですし。

 知ってます?わざわざ、別枠にしないと申請が通らないと統括が泣いてましたよ。

 まぁ信徒の皆様のお布施がまわりまわって、予算特別枠に組み込まれてるとか。

 信じられないですよねぇ。

 使い道までお願いされるお布施。

 神殿へも明細やらなんやらを年度末に申告しないとならないそうです。

 会計の人間も震え上がっていましたよ。

 火薬の使用量が足りなくて逆に文句をいわれるとか。

 まぁ神殿の監査も入るんで不正は無いのでしょうけど。

 貴方がばらまく火薬で、きっと会計の人間は夜も眠れないでしょう」


 武器が運ばれてくる間の軽口に、イグナシオはため息で答えた。


 人助けと思っての事ではない。

 害獣は誰にとっても益にはならない。

 そこに人種も思想も関係がないのだ。


「逃げられる者は、離れろ」


 一応の警告の後、轟音が響き渡る。


「シェルバンの関を2つ焼却した男として、名が残りそうですねぇ」


 水場の湿気った生き物だと言うのに、その肉塊は一瞬にして炎に包まれた。


 鳴き声。

 水柱。

 放り投げられる人間。


 奇妙な鳴き声をあげ、はらわたのような触手が広がった。


「何だ、アレは?」


 誰の呟きかわからない。

 けれど、目にした者は誰も彼もが驚きに口を開ける。


 燃え上がり先から炭になるソレは、腸のような触手がほぐれ落ちていく。

 落ちて解れ、腹を見せた。

 その芯には、赤黒い肉塊があり、どす黒い血が溢れていた。

 それが本当に血なのか、単に赤い粘液かはわからない。

 赤く黒くドロドロとした物が肉の芯から溢れている。

 そしてその血溜まりの、さらに中心には白い物。

 赤黒い肉。

 どす黒い血。

 白い。


「人間?」


 醜い肉の中心に、あり得ないモノがあった。

 それは瑠璃色の目を周りに向けると牙を剥く。


 あり得ない。


 人間の女の、顔と胴体だ。


 否、人間ではない。

 臓物の芯、化け物の中身が血まみれの女?

 誰もが驚き、悍ましさにすくみ上がる。


 だが、それに何も恐れぬ神の者は、情も容赦もなく再び火筒を撃ち放った。


 ***


「検体は一部でよかったよな?」

「貴方の情緒の欠落具合に、安心する自分が嫌です」

「何の話しだ?」


 化け物が燃え尽きた後、住民が屋外へと出てきた。

 呆然とする兵隊の一人に、イグナシオは声をかけた。


「後始末を手伝うか?

 暫く、我らが留まる方がよいか?」


 それに対しては兵士より先に、亡骸に集まる者達が答えた。



 お前たちのような獣が来たから、それに釣られて化け物が出たんだろう。

 人間様と同じようなつもりでいるが、お前らなんぞ人間じゃない。

 凶暴で能無しの畜生だ。

 この化け物と同じ、畜生だ。

 公爵様の言うとおりだ。

 神に逆らう悪魔の使いめ。

 早くここから出ていけ。

 我らの家族が死んだのは、お前たちのような畜生がいるからだ。



 特に、怒りはわかなかった。

 恐怖の後の事だ。と、イグナシオは肩を竦めて仲間を促した。

 むしろ、最初はいきりたっていたシェルバンの兵士達のほうがおとなしくなっていた。

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