第661話 挿話 兵(つわもの)よ、剣を掲げよ盾を押せ 中 ⑦
誰も動こうとはしなかった。
驚愕が過ぎるのか、日常に割り込む不条理を予想できなかったのか。
イグナシオ達余所者には動く理由がないのもある。
だが、それは神への言い訳にはならない。
ちらりと相方の何も示さぬ笑顔を見てから、イグナシオは短刀を抜いた。
腰に佩いていた短刀は、混合爆薬を削り取るヘラ代わりの物だ。
チラリと手前に伏す住人を見やり、距離を目測する。
面倒な。
と、思いながらも、手首の振りで回転をかけ投擲。
反応を見るためで、攻撃という程でもない。
それは軽い動作で、見る限り狙ってもいない一投である。
だというのに、それは回転がかかる毎に速度を増し、ソレに吸い込まれるように突き刺さった。
遠目には縄に見える代物。
タスッと軽い音は、静まり返る町中で、やけに大きく耳に届く。
動かぬ群衆は、次の瞬間に脱兎の如く広場から散る。
残る兵士達はかかる飛沫に目を細めた。
反応は急激、考えていたよりも過激。
絶叫。
爆風。
水柱。
「シェルバン名物なんでしょうかねぇ、やっぱり自噴水って。」
へらりっとのんきに宣うが、ただの水柱は叫ばないとは誰もがわかる。
それよりも水柱の中から這い出してくるモノが見えた。
「アタリですかねぇ」
「不届き者の願いが届いたか。
神の寛容さに感謝をしろ。」
イグナシオ達の変わらぬ掛け合いを他所に、関の中は阿鼻叫喚の様子となっていた。
中央の水場から複数の野太い腸のようなモノが這い出し蠢いている。
大人の太腿程の太い縄のような代物で、蚯蚓に似てはいたが、どう見ても化け物だ。
先に巻き付いていた縄目は腕ぐらいだったが、水柱から複数這い出してきたモノは、もっと太く赤黒い。
「あぁ何でしたっけ?
アレ、アレにそっくりなのを見たことがありませんか?」
「釣り餌」
「そうそれ!」
「短刀がもったいなかったな、塵でも投げておけばよかった。」
獣人達の場違いな会話が続く。
巫山戯ているのではない。
彼らの害獣の基準は、南部奥地の砂蟲である。
彼らにとって、砂蟲に比べれば、大きさや凶暴さに目新しさはないのだ。
他に注目すべき事柄もある。
「元凶か?」
「微妙、ですかねぇ」
「どういう事だ?見物の為に留まったのだろう」
赤黒い肉の塊が、水をかき分け現れた。
実に大きく、腸が寄り集まった団子のように見える。
釣り餌と称したが、まさしくそれだ。
それが触手なのか、独立した生き物なのかわからぬが、水場から這い出し人々へと襲いかかる。
体に巻き付き、逃げようとしていた者。
家屋に隠れていた者を引きずり出しては捕らえた。
ここまできて、漸くシェルバンの兵士達が武器を抜く。
関兵がやっと集まりだしたようだ。
「報告の一つに、まぁ消された者が持ち帰った情報ですね」
矢を射掛けることから始めたシェルバン兵を眺めつつ、サーレルは考えるように続けた。
「変異体が出現する前、前兆とされる騒ぎが3つ。
何某かの切っ掛けの存在証明、でしょうか。」
「騒ぎとはコレか?」
「1つは水場の汚濁。
次は体調悪化。
あぁ矢は駄目ですね。」
「3つ目は」
「鳴き男と呼ばれる奇妙な声を出す男です」
「冗談はいらん」
「怪談ならよかったのですがねぇ」
「からかっているのか?」
「子供に話す話し程度なら、微笑ましい田舎の馬鹿話で済むのですがね〜。
エンリケ的には、辻褄が合うそうです。」
「荒唐無稽な話しではないのか?」
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