第137話 窓の外

 中を覗けば、水面が見えるだけ。

 間抜けな問いだと思う。

 しかし、今度も真面目に赤髪の男はとりあう。

 彼は顔を顰めると、屈めていた体をおこし罵った。

 私にではない。

 彼も同じ想像に行き着いたのだ。

 そして、そのまま井戸に向かうと、八つ当たりのように重い石の蓋に手をのばした。

 そして獣人の膂力りょりょくで、蓋を投げ捨てる。

 ドゴンっと地響きをたてて蓋が転がるさまを、唖然として見ていると彼は怒鳴った。


「サーレル!灯りをもってこい」


 縄に角灯を結ぶと、井戸にスルスルと下ろす。

 その時間はわずか、癇癪を起こしたような顔のまま、男はカーンを呼んだ。


「畜生、なんて奴らだ。腐れて地獄に落ちるがいい!」


 そして彼は、と言った。

 私は馬の側から動けなかった。


 ***


 赤髪、イグナシオは敬虔けいけんな神聖教信者だ。

 人を殺す生業なりわいと信心深さが共存できるのが不思議である。

 だがカーンに言わせると、信心深い人間の方がらしい。

 嫌な話だ。

 そのイグナシオは、先程から神のお慈悲を願ってブツブツ何かを呟いている。


「神聖教の聖句や詩篇ですよ。さて、そろそろお湯が沸いたかな?」


 穏やかな声音は、金髪の補佐官でサーレルと名乗った。

 今更の名乗りだ。

 お互い、すぐに関わりがなくなると思っていた故の事だ。

 だがここに来て、先行きがよくわからなくなった。

 さすがに名乗るしかない。

 たぶん、今のイグナシオには耳に入っていないと思うが。

 その原因は、言わずもがなの井戸である。

 井戸の中には、腐った死体とが一人がいた。

 腐った、まだ死んで間もない遺体だ。

 つまり長く半死半生で苦しみ抜き、つい村人達と飢えきった子供が出てきたのだ。

 それら死体が寒さから守るように子供を包んでいた。

 無惨で残酷な生き埋めである。

 子供はやせ細り、言葉を発する事はなかった。

 だが、問いかけには反応を示した。

 この村唯一の生き残りである。

 今はカーン達が、井戸から死体を引きずり出している。

 簡単な記録をとり、火葬する為にだ。

 打ち捨てて去るのかと思った。

 それを正直に言うと、サーレルは笑った。


「国の方針でね、という法律があるんですよ。

 死体のを防ぐ為にね。

 腐土新法という法律です。」


 彼は笑いながら、たらいに湯を張り子供をつけた。

 そうしてゆっくりと様子を見ながらかけ湯をする。


「それに今回の事は、領主預かりにするにも報告が必要でしょう。

 野盗の仕業には思えませんしね」


 子供はおとなしく湯をかけられている。

 不思議なほど静かだ。

 子供には、薬湯と蜂蜜を溶かした物を飲ませている。

 湯につけながらなのは、どちらか一つにしている余裕がないのだ。

 飢えているし衛生面が最悪で、乾いた血を洗わねば怪我しているかもわからない状態だ。

 血と蛆まみれという死体と同じ具合なので、食べると洗うを同時にしているという訳だ。

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