第136話 輪の中へ ④

 恐れるべきは人間だけ。

 確かにそうだ。

 現実的な部分を抜いてもだ。

 陽が昇る。

 雲の薄い切れ間から、集落に光りの帯が降っている。

 久方ぶりの日差しだ。

 本来なら、家々から煮炊きの煙があがるのだろうが、今は冷え切った景色だ。

 私達は昨日の残りを腹におさめると、集落をあらためて探索する事にした。

 縄や紐を探し、道の目印にする為だ。

 手持の品は勿体ないというのもあるし、村が遺棄された経緯を調べる意味もある。

 今日も又、足止めとならぬようにと詳細に。

 最初に気が付いたのは、大きな三階建ての建物だ。

 屋根裏と地下もあるようだが、両方とも瓦礫である。

 遺棄される前なのか後なのか、内側から外へと壊れていた。

 外から見た限り、家財も無く瓦礫で倒壊しそうだったため、調べていなかったのだ。

 今回は瓦礫をどかしながら奥に潜り込んだ。

 そして比較的損傷の無い居間に、どす黒い染みが吹き散れているのを発見。家具があった場所を避けて、汚れが飛び散っていた。

 そこから他の家々も詳細に見てみると、埃に隠れて染みがあった。

 最初にわからなかったのは、拭き取られ後始末がされていたからだ。

 村人は殺され、家財が持ち出されたと考えたほうがいい。

 殺害と略奪が同時だったのか、殺害されたあと、何者かが家財を持ち出したのかは不明だ。

 そして当然の疑問。

 死体はどこだ?

 時間がたち土に還った?

 朽ちたとしても残る物はあるし、痕跡があるだろう。

 墓は掘り返され、村の何処にも焼かれた骨の欠片も無い。灰になるほど焼いたなら、その焼いたあとがあるはずだ。

 縄や紐を広場に集めながら、暗い想像に支配される。

 男達も警戒を強め、私は家探しから外され馬の側で待つことになった。

 ふと、初日に飲むのを止めた井戸が目に入る。

 村の中心で蓋がなされ、重い石の蓋が被せられていた。

 馬は近くの木々に繋ぎ、私は側に座っている。

 そうして座り、目の前の井戸から目が離せなくなった。


 夢の中で見あげた空。

 徐々に光りが消えていく。

 やめてくれ、そんな冗談はおもしろくない。


 凝然ぎょうぜんとしていると、男達が戻ってきた。

 声をかけられるが、答えられない。

 それに赤い髪の男が、私の顔の前で両手をパンっと叩いてみせる。

 その音で動きが戻った。

 現実の空気を吸う。


「何をぼさっとしている。しゃっきりしろ」


 イライラとした雰囲気はこの男の普段からの態度だ。

 別段、怒ってもいない。

 会話も実は、きちんと答えてくれる。


「どうした?」


 カーンが仲間との段取りを中断して問いかけてきた。


「おい、聞いてるんだ。しっかり答えろ、坊主」


 とは、赤髪。

 未だに、この男は私を小僧だと思っているようだ。

 現実逃避していると、カーンがもう一度聞いた。

 嘘だと証明して欲しい。そう思いながら答えた。


「旦那方、くだらない事なんですが」

「早く言え、小僧」


 せっかちだなぁと赤髪の男の合いの手に、なんとも微妙な気持ちになりながらも続ける。


「あの井戸の中は、水ですよね」

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