第135話 輪の中へ ③

 灰をかき混ぜ、新しい薪をべる。

 夜明けは未だに遠い。


「どんな夢を見ていた?」


 聞かれたが、答えられなかった。

 覚めれば、何で悲しいと思ったのか言葉にできない。


「俺はしかとした夢を見たことがない」


 意味がわからず、隣に座る大きな体に向き直る。


「寝ると起きるの間に、俺は何も覚えていない。子供の頃から、夢らしい夢を見た記憶がない。悪夢もだ」


 あり得ない。と、その珍しい瞳を見る。


「熱を出した時は、幻覚を見る。

 けれど、熱をだして寝ても夢は見ない。

 怪我で魘されても、痛いから唸っているだけで夢らしい物は見た記憶がない。

 まぁ偉い学者が言うには、覚えていないだけ、らしいがな。

 だからな、不意に思うんだ。

 今が夢の中なんじゃないか?ってな」

「今が?」


 炎に照らされた顔が笑う。


「色々な人間の寝る姿を見てきた。

 お前のように、泣く者も見たし、魘される姿だって見た。

 聞けば、色のついた夢もみるそうだな。

 実に羨ましいが、疲れることだ」


 今が夢なら、誰かの夢なら、早く覚めて欲しい。

 でも夢ではない。


彼奴等あいつらは、夢をお告げと考えている。」


 ふっふっと、低く笑ってカーンは集落に目を向けた。


「だが、意味を求めてどうする。

 人も生きているから眠り夢をみるだけだ。

 だから、夢が人を傷つける事は無い。

 何かが起きた場合、必ず原因がある」


 吹き散らかった木と石を指差す。


「原理はどうであれ、我々の帰還を阻むなら、蹴散らすだけだ。」

「蹴散らせるのですか?」


 笑いを消して、カーンは続けた。


「迷信を信じなければ、簡単な話だ。

 オリヴィア、こういっただましはよくあるんだ」

「騙し?」

「道と景色を少しいじると人は容易く錯覚する」

「方向は間違っていなかったはずです」

「そうだな。だが、俺たち獣人や種族によっては聴く能力が高い。あの岩が特別な磁場であったなら、お前が恐れ、俺たちが方向を見失う原因である可能性が高い。

 又は、人に対して有害なモノの可能性もだ」

「どういうことです?」

「ああいった岩の中に、人間の毒になるモノがある。

 戦の時にも使用されている」

「岩が?」

「長く人の側に置くと、体が弱る。

 体を作る元が壊れる。

 頭が狂う場合もある。

 家畜が育たなくなったり、畑の収穫さえ減ったりもする。

 目に見えない毒だ。

 そういうのはたちが悪い。

 体に染みると子孫にも影響が出る。」

「そんな事があるのですか?」

「あぁ実に恐ろしいものだ。

 自然の中に元々ある鉱物、石や岩、金属。

 武器にすると、使う方も使われた方も長く苦しむ。

 だから、もし見つけたら国に報告しなければならない。」


 私が絶句していると、一息、深呼吸をしてからカーンは続けた。


「もし、この村がそういった武器加工を請け負っていたとしたら、立ち寄る人間にむけて、何か仕掛けを残していてもおかしくはない。」


 予想外の話に、私は混乱した。


「ちょっかいかけて来なきゃ知らんふりもできるのに、面倒くさい。

 だから夢なんざ怖がる必要はない。

 もとより恐れるべきは、人間だけだ。

 人間だけなら、全部、殺してやるよ。」



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